GMOインターネットグループ(以下、GMO)は11月2日、子会社が提供するサーバーサービスへの不正アクセス問題を受け、初めて記者会見を開きました。
今回の不正アクセスでは、顧客情報の流出に加え、外国為替証拠金取引(FX)口座の不正操作やサービスの停止など、深刻な被害が相次いでいます。
会見に臨んだ熊谷正寿(まさとし)会長兼社長は、「システムにセキュリティー上の問題があり、専門家から指摘されていた課題を生かせなかった。重く受け止めています」と述べ、謝罪しました。
しかし、会見の内容は、被害を受けた顧客が期待していた説明とは大きくかけ離れたものでした。
● 謝罪会見のはずが、いつの間にか「独演会」に
顧客や社会が知りたいのは、「なぜ不正アクセスを防げなかったのか」「流出した情報はどのように扱われるのか」「被害に対する補償はどうなるのか」といった具体的な説明です。
ところが、熊谷氏はこうした問題への説明にとどまらず、自身の死生観を表す「命の砂時計」やAIの脅威、経営理念などについて長時間にわたって持論を展開しました。
企業理念を語る理由については、「私の『命の砂時計』がどこに向かっているのかをご理解いただくため」と説明しています。
さらに、記者に対しても、次のように発言しました。
「願わくば、人数が多いので、同じ回答を2度すると皆様のお命、『命の砂時計』を無駄にしますので大変恐縮なんですが、なるべく違うご質問で質問頂けたらと思います」
重複する質問を避けてほしいという趣旨ですが、被害の全容や対応策を明らかにすることが求められる場で、質問の仕方に注文をつける姿勢には疑問が残ります。
会見は3時間を超える異例の長さとなり、後半には経営哲学や自身の人生観を語る場面が目立ちました。そのため、謝罪や説明の場というよりも、熊谷氏の「独演会」のようだとの批判が相次ぎました。
また、熊谷氏は涙ながらに「31年間、『儲ける』と言ったことはない」と発言しました。しかし、過去に夕刊フジで連載していたコラム『熊谷正寿の儲ける! 儲かる! インターネット』との整合性を疑問視する声もSNS上で上がっています。
涙を浮かべながら経営理念を語り、独特な言い回しを繰り返す姿は、インターネット上でも大きな話題になりました。なかには、2014年に兵庫県議だった野々村竜太郎氏が起こした号泣会見を思い出す人もいたようです。
《テンション高めの冒頭、何故か泣きながらの謝罪も相まって、野々村号泣会見の再来とも言われてしまう》
さらに、会見用スライドの不手際をめぐって、その場で社員を叱責したり、隣に座る役員に上着のボタンを留めるよう促したりする場面もありました。
本来、顧客や記者にとって重要なのは、説明者の服装やボタンの留め方ではなく、問題の原因と今後の対応です。こうした細かな点にまで口を出し、社員を公の場で叱責する姿からは、トップの意向が強く反映される組織風土がうかがえます。
SNS上でも、一連の言動に対する批判や皮肉が相次ぎました。
なかでも、「命の砂時計を一番無駄にしているのはGMOの熊谷さんだと思います」という投稿は、会見の本質を皮肉ったものとして注目を集めました。
● 組織とセキュリティー体制に潜む深刻な問題
今回の問題で明らかになったのは、単なるシステム上の不備だけではありません。GMOの組織運営やセキュリティー管理の在り方にも、重大な疑問が浮かび上がっています。
特に問題視されているのが、グループ内のセキュリティー専門会社「GMOサイバーセキュリティ byイエラエ」から、システムの脆弱性を事前に指摘されていたにもかかわらず、約2年間にわたって対策が講じられず、放置されていた点です。
専門家から警告を受けていながら、なぜ必要な対応を取らなかったのでしょうか。グループ内に専門知識を持つ企業が存在していたことを考えると、単に技術力が不足していたという説明では済まされません。
また、攻撃者がサーバーに侵入したとされる8月5日から、顧客からの問い合わせをきっかけに調査を開始し、不正プログラムを確認した10月20日まで、2カ月以上が経過していました。
不正アクセスの発生を把握し、被害を食い止めるまでの対応が十分だったのかについても、検証が必要です。
危機管理の専門家は、今回の会見における熊谷氏の言動だけでなく、それを止められなかった組織の構造にも問題があると指摘しています。
経営トップが本来の目的から外れた発言を続けているのであれば、周囲の役員や幹部が「今、止めるべきです」と進言できる体制が必要です。
しかし、今回の会見では、そうした役割を果たす人物の存在が見えてきませんでした。
トップの判断に異議を唱えにくい組織であれば、経営上の問題やリスクが表面化しにくくなります。今回の不正アクセス問題は、セキュリティー対策の不備だけでなく、組織全体の意思決定や危機管理の在り方にも課題があった可能性を示しています。
● 「組織の在り方は宗教から学んだ」と語る熊谷氏
ここで改めて考えたいのが、GMOを率いる熊谷正寿氏の人物像と、同社独特の組織文化です。
以前、ホリエモンこと堀江貴文氏が、熊谷氏は宗教を参考にして会社をつくり上げたといった趣旨の発言をしていました。話を面白くするために多少誇張しているのではないかとも感じていましたが、週刊文春11月12日号にも、これと通じる内容が掲載されていました。
同誌によると、強烈な個性を持つ熊谷氏の影響もあり、GMOの社風はかなり独特だといいます。クリスチャンである熊谷氏自身も、「組織の在り方は宗教から学んだ」と公言しているそうです。
記事では、GMO独自の慣習について、元社員が次のように証言しています。
「実際、人差し指を立てる『GMOポーズ』をはじめ、独特な慣行が多い。幹部会議の冒頭では、社訓『GMOイズム』を30分ほどかけて読み上げる。
四半期に一度の『GMOパートナーズ・カンファレンス』では、熊谷氏が演説し、若手社員が壇上で社訓を唱和するのが慣例でした。ハリウッドで録音した社歌は、15年に小室哲哉氏が作曲したものです」
さらに、一般的な企業とは一線を画す社内イベントも少なくないといいます。
「毎年夏には『浴衣勤務デー』を開催。熊谷氏は、自身のSNSに浴衣姿の若手女性社員の写真を幾度もアップしてきました。23年には熊谷氏の遍歴を祝うため、社員が顔写真入りの特注Tシャツで集結。社内託児所のこどもたちも着せられていた。このノリがGMO流なのです」
こうした証言からは、熊谷氏の個性や価値観が、社内の慣習や企業文化に強く反映されている様子がうかがえます。
もちろん、独自の社風や経営理念を持つこと自体に問題があるわけではありません。しかし、経営トップの考え方が組織全体に強く浸透する一方で、異なる意見や批判を受け入れる余地が十分にあるのかという点は気になります。
今回の会見で見られた社員への接し方や、周囲が発言を止められなかったように見える状況を踏まえると、GMOの組織文化についても検証する必要がありそうです。
熊谷氏個人の経歴や考え方だけでなく、それが会社全体にどのような影響を与えているのか。調べていくほど、GMOという企業の独特な一面が見えてきます。
● 「35歳までに上場する」という目標を実現
一方、熊谷氏は経営者として大きな成功を収めてきた人物でもあります。
「35歳までに自分の会社を上場させる」という目標を掲げ、それを実現するまでの過程には、独自の人生設計術と、インターネットの可能性をいち早く見抜いた先見性がありました。
実際には目標より約1カ月遅れましたが、1999年8月、35歳と1カ月のときに、当時の店頭市場(後のジャスダック)への株式公開を果たしています。
その出発点は、21歳のときに抱いた将来への強い危機感でした。
高校2年生のとき、首席で入学した進学校を中退し、その後は父親の会社を手伝うなどしていた熊谷氏。21歳になった頃、自分の将来について真剣に考えるようになりました。
そこで取り組んだのが、手帳を使った人生設計です。
普通の手帳に、健康、精神、社会、知識、財産、仕事という6つの分野に分けて、将来なりたい自分の姿を具体的に書き込みました。その中には、「35歳までに自分の会社を設立し、上場させる」という明確な目標もありました。
さらに、その目標を単なる夢で終わらせないため、15年後の上場から逆算して、年間、月間、日々の行動計画にまで落とし込みました。
周囲から「できっこない」と笑われても、実現に必要な行動を一つずつ積み重ねていったのです。
その後、父親の会社から独立し、1991年にGMOの前身となる「株式会社ボイスメディア(後のインターキュー)」を設立しました。
当時はまだインターネットが一般に普及する前の時代です。熊谷氏は、自作の電話会議装置を活用した音声情報サービスに取り組み、ダイヤルQ2などを利用したビジネスを展開しました。この事業で数億円規模の利益を上げ、会社の経営基盤と次の事業に向けた資金を築きました。
転機となったのは1994年です。新聞記事を通じて初めてインターネットの存在を知った熊谷氏は、これが社会を大きく変えるパラダイムシフトになると直感しました。
それまで収益を上げていた音声事業から方向転換し、1995年12月にはインターネット関連事業へ本格的に参入します。
熊谷氏が着目したのは、インターネットを利用するサービスだけでなく、その基盤となる仕組みを提供するビジネスでした。
アクセスプロバイダーをはじめ、ドメイン登録やレンタルサーバーなど、現在のGMOの中核を担うインターネットインフラ事業を次々と立ち上げます。
継続的な収益が見込めるインフラビジネスにいち早く取り組んだことが、その後の急成長につながりました。
● 『一冊の手帳で夢は必ずかなう』を出版
こうした取り組みを経て、熊谷氏は21歳のときに手帳に記した目標を実現します。
1999年8月、当時の店頭市場に株式を公開しました。独立系インターネット企業として日本で初めての上場を果たしたという、大きな実績です。
この成功体験をもとに、熊谷氏は後にビジネス書『一冊の手帳で夢は必ずかなう』(かんき出版)を出版しています。
同書では、手帳を活用して自分の目標を明確にし、そこから逆算して行動計画を立てるという独自の人生設計術を紹介しています。
つまり、熊谷氏は漠然とした夢を具体的な計画に落とし込み、実行することで成功をつかんできた経営者です。自ら設定した目標を達成するために、事業の方向転換もいとわず、時代の変化を先取りしてきました。
しかし、今回の不正アクセス問題では、これまでの成功体験とは異なる状況に直面しています。
自らの計画や努力だけでは解決できない問題が発生し、長年築き上げてきた事業の信頼が大きく揺らいでいます。インターネット事業に31年間を捧げてきた熊谷氏にとって、今回の出来事は想定外の大きな誤算だったのかもしれません。
会見で経営理念や自身の人生観を繰り返し語った背景には、長年築いてきたものが崩れかねないという焦りや危機感があったとも考えられます。
ただし、どれほど事業に情熱を注いできたとしても、謝罪会見で求められる対応は別の話です。
今回の問題で被害を受けた顧客が知りたいのは、熊谷氏の人生哲学や経営理念ではありません。なぜセキュリティー上の問題を放置してしまったのか、情報流出による被害をどのように把握しているのか、そして今後どのような補償や再発防止策を講じるのかという具体的な説明です。
経営者としての実績や会社への思いを語る前に、まずは顧客と真摯に向き合い、問題の経緯と責任を明らかにする必要があります。
長年にわたって築いてきた企業の信用を取り戻せるかどうかは、今後のGMOの対応にかかっています。
参照:疑惑噴出のGMO熊谷代表、「命の砂時計」会見に透けた《ワンマン経営》の危うさ
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