「親愛なる八本脚の友だち」 2026年製作 アメリカ 原題:Remarkably Bright Creatures

Netflix映画『親愛なる八本脚の友だち』は、夫と息子を亡くし、孤独な日々を送る老婦人と、人間の言葉を理解するほど高い知能を持ったミズダコとの交流を描いた、心温まるヒューマンドラマです。

物語の語り手は、水族館で飼育されているミズダコの「マーセラス」です。人間の言葉を理解するだけでなく、夜中にこっそり水槽から抜け出すほどの知能を備えています。そんな彼が、どこか冷めた、それでいてユーモラスな視点から人間を観察し、独特の言葉で語りかけてくるところが、この作品の大きな魅力です。

この設定から、夏目漱石の『吾輩は猫である』を思い出しました。どちらも高い知性を持つ動物、つまり猫とタコの視点を通して、人間の滑稽さや孤独、複雑な人間模様を客観的かつユーモラスに描いています。動物を語り手に据えることで、人間自身が気づかない一面を浮き彫りにするという物語の構造に、共通する面白さを感じました。

ところで、実際のタコはどれほどの知能を持っているのでしょうか。タコは「無脊椎動物の中で最も賢い」とも言われ、人間の3歳児や犬、猫、さらにはカラスに匹敵するほどの高い知能を持つとされています。

興味深いのは、その神経の仕組みです。タコは脳だけでなく、8本の腕(足)にも独自の神経ネットワークを備えています。いわば、それぞれの腕が「ミニ脳」のような働きを担い、体全体で複雑な情報処理を行っているそうです。

実際、水族館で飼育されているタコが、夜中に水槽を抜け出して隣の水槽の魚を食べ、何食わぬ顔で元の場所に戻ったり、排水管を通って海へ逃げ出したりした事例が世界各地で報告されています。映画に登場するマーセラスの大胆な行動も、こうした実話に着想を得ているそうです。

水族館が主な舞台となっているため、館内の水槽を映した場面も印象に残りました。なかでも、クラゲが水中を漂うシーンはほんの一瞬ですが、実に美しいものです。ゆらゆらと浮遊する姿は、まるで水中を漂う宇宙人のようにも見えます。海の生き物は、色彩も形も実に多彩で幻想的です。改めて、その不思議な美しさに魅了されました。

物語の中心となるのは、老婦人のトーヴァです。夫と息子を亡くした彼女は、町の水族館で夜間清掃員として働きながら、かつて家族と暮らした家でひとり静かに生活しています。

そんなある日、キャメロンという青年が、ある人物を捜すために町へやって来ます。足を怪我したトーヴァに代わり、水族館で働くことになった彼は、仕事を教えてくれるトーヴァと少しずつ親しくなっていきます。年齢も境遇も異なる二人が、どのような関係を築いていくのかも、物語の見どころです。

劇中には、トーヴァとキャメロンが演奏のできるバーを訪れる場面があります。そこでキャメロンがギターを弾きながら歌うのですが、その歌詞の一部を和訳から抜粋します。

 この世のどんなものも 静めることはできない
 たとえ努力したとしても 俺には無理だ

 いろんなものに押しつぶされ 俺はずっと沈んだまま
 見つけられない言葉が 数えきれないほどある

 今君に見捨てられたら 俺はかつてないほど打ちのめされるだろう

最初は歌に耳を傾けることもなく、騒いでいた店内の客たちが、次第に静まり返り、最後には拍手を送ります。映画の中でも感動的な場面として描かれているのでしょう。ただ、ぼくには歌詞があまりにも自己否定的で、全体的に湿っぽく感じられました。

気になって調べてみると、この曲はボニー・レイットの「I Can't Make You Love Me」(邦題:愛のいとなみ)で、1991年に発表された作品でした。多くのアーティストにカバーされてきた名曲だそうです。

劇中でこの曲が選ばれたのには、もちろん理由があります。人生に迷い、孤独を抱えるキャメロンの心情や、彼を見守るトーヴァたちの切ない人間関係を表現するうえで、非常に効果的な選曲だったというわけです。歌詞の内容も、物語の背景を踏まえれば納得できます。

登場人物はみな優しく、物語全体にも穏やかな温かさが漂っています。そして迎えるラストには、タコと人間という一見奇妙な組み合わせを超えた、深い結びつきが感じられます。鑑賞後は、心の中のわだかまりまで洗い流されたような、清々しい気持ちになりました。

人間の孤独や再生を描いた物語としても楽しめますが、何より、タコという生き物の不思議な知性と、あの独特な姿形を存分に味わえる作品でした。見終わった後には、タコに対する見方まで少し変わってしまうかもしれません。