米南部テネシー州で、クリスタ・パイク死刑囚(50)に対する薬物注射による死刑執行が試みられました。しかし、執行は完了せず、パイク死刑囚は病院に搬送されて治療を受けています。弁護団が1日、明らかにしました。

● 薬物注射による死刑執行に失敗
今回の死刑執行では、麻酔薬ペントバルビタールが2回投与されました。しかし、テネシー州矯正局は、執行が完了しなかったことについて、現時点で公式な説明をしていません。

パイク死刑囚の弁護団は声明で、「テネシー州は今夜、合法的な死刑執行の遂行に再び失敗した」と主張しました。

さらに、「クリスタは現在、近くの病院で治療を受けています。われわれは彼女の容体について連絡を受けていません」と説明しています。

執行に立ち会った記者によると、パイク死刑囚は執行中に「あえぎ、痛みを訴え、脚を繰り返し蹴り上げていた」とされます。

これを受け、弁護団は今回の執行について、「深刻な苦痛を与える残酷で非正常な刑罰」であり、米国憲法修正第8条に違反すると主張しています。

テネシー州の規定では、1回目の薬物投与で死亡しなかった場合、2回目を投与するとされています。一方、2回目の投与後も生存していた場合にどのように対応するかについては、明確な規定がありませんでした。この点について、死刑執行制度の欠陥を指摘する声が出ています。

● 薬物注射による死刑執行に失敗した過去の事例
薬物注射による死刑執行では、過去にも執行チームが薬剤を適切に投与できず、死刑囚が生存した事例があります。

代表的なケースとして、以下の例が挙げられます。

◇ ロメル・ブルーム(オレゴン州/2009年)
執行チームは約2時間にわたって18回も針を刺しましたが、適切な静脈を見つけられませんでした。そのため執行は中止され、ブルームは生存しました。

◇ ドイル・リー・ハム(アラバマ州/2018年)
がんを患っていたことから血管の状態が悪く、執行チームは約2時間半の間に11回にわたって針を刺しました。しかし静脈を確保できず、執行は中止されました。ハムは生存しました。

◇ トーマス・クリーチ(アイダホ州/2024年)
執行チームは約1時間にわたり、腕や足の血管への注射を試みました。しかし、血管が虚脱して薬物を投与できず、執行は中止されました。

こうした執行の失敗は、死刑制度の運用や手順に重大な問題があることを示すとして、問題視されることがあります。

今回のパイク死刑囚の件を受け、テネシー州のビル・リー知事は、何が起きたのかを正確に把握するため、「独立した第三者機関による包括的な調査を行う」と発表しました。また、同州で予定されていた次回の死刑執行についても、スケジュールを保留しました。

● 事件の背景にあった恋愛関係をめぐる嫉妬
ここで、クリスタ・パイク死刑囚が死刑判決を受けることになった事件について振り返ります。

事件が起きたのは1995年です。当時18歳だったパイク死刑囚は、交際相手だったタダリル・シップ(当時17歳)とともに、若者向けの職業訓練施設でクラスメートだったコリーン・スレマーさん(当時19歳)を襲撃し、殺害しました。

パイク死刑囚は、スレマーさんが自分の交際相手であるシップを「盗もう」としていると考えていたとされます。一方、スレマーさんの友人たちは、そのような事実を否定していました。

事件が全米から注目を集めた理由の一つが、スレマーさんの遺体に残されていた特徴的な傷でした。胸部には、悪魔崇拝の象徴として知られる五芒星(ペンタグラム)が刻まれていました。

ただし、事件の背景にあったとされる主な動機は、恋愛関係をめぐる嫉妬でした。悪魔崇拝を目的とした儀式的な殺人だったわけではありません。

当時、パイク死刑囚の交際相手で共犯者だったシップ受刑者は、オカルトや悪魔的なシンボルに強い関心を持っていました。

2人はスレマーさんを拷問した際、胸または背中に、悪魔崇拝の象徴とされる「逆五芒星(インバート・ペンタグラム)」をカッターナイフで刻み込んだとされています。

その後、パイク死刑囚は大きなアスファルトの塊でスレマーさんの頭部を殴り、殺害しました。また、パイク死刑囚はスレマーさんの頭蓋骨の一部を保管していたとされています。

こうした凄惨な犯行の内容から、事件には強いオカルト的なイメージが付きまとうことになりました。

事件当時、パイク死刑囚は悪魔的なイメージに傾倒していたとされます。しかし、その後の長い服役生活の中で、現在は仏教、特に法華経を信仰していることが分かっています。

2026年9月の死刑執行をめぐっても、パイク死刑囚側は法的措置を取っていました。執行時に仏教の精神的指導者である僧侶を立ち会わせることを州が拒否したのは、信教の自由を保障する憲法に違反すると主張していたためです。

なお、パイク死刑囚とともにスレマーさんを殺害したシップ受刑者は、「仮釈放の可能性がある終身刑」を言い渡され、現在も刑務所に収監されています。

1995年の事件当時、パイク死刑囚は18歳で、成人とみなされる年齢に達していました。一方、シップ受刑者は17歳で未成年でした。

テネシー州法では、犯行時に18歳未満だった少年に死刑を科すことが禁止されています。そのため、シップ受刑者は死刑の対象とはならず、終身刑を言い渡されました。

● もう一人の共犯者
事件には、シャドラ・ピーターソン(当時18歳)も関与していました。

スレマーさんがパイク死刑囚とシップ受刑者に襲われた際、ピーターソンは現場で見張り役を務めました。

ピーターソンは殺害そのものを直接手伝ったわけではありませんが、事件後に犯行を隠蔽しようとしたとして、事後従犯の罪に問われました。

しかし、警察の捜査やパイク死刑囚、シップ受刑者の裁判では、検察側の重要な証人として全面的に協力しました。司法取引の結果、死刑や長期の禁錮刑を免れ、6年間の保護観察処分を受けています。

その後、2000年代前半にすべての法的義務を終え、現在は名前を変えて社会復帰しています。

参照:米南部テネシー州、女性死刑囚の「死刑執行失敗」 弁護団
   19歳のコリーン・スレマーの残忍な殺人