「X エックス」 2022年製作 アメリカ 原題:X
タイ・ウェスト監督の『X エックス』は、1970年代のスラッシャー映画へのオマージュと、「若さへの執着」をめぐる人間ドラマを組み合わせたホラー映画です。単なるB級ホラーとして片づけられない奥行きがあり、スティーヴン・キングらからも高く評価された作品です。
● 懐かしさも感じさせるホラー映画
物語の舞台は1979年のテキサスです。ポルノ映画を撮影するため、3組の若者たちが人里離れた農場を訪れます。撮影場所として借りたのは、ひっそりと暮らす老夫婦の家でした。
しかし、撮影が始まり夜が深まるにつれて、次第に老夫婦2人の異様な一面が姿を現します。そして若者たちは、想像を絶する恐怖と凄惨な殺人事件に巻き込まれていきます。
本作は、タイ・ウェスト監督による3部作の第1作目です。第2作の『Pearl パール』では、殺人鬼となるパールの若き日が描かれています。本作の前日譚にあたる作品で、こちらも高く評価されています。第3作の『MaXXXine マキシーン』では、『X エックス』のその後が描かれ、物語が完結します。
『X エックス』の大きな特徴は、ポルノ映画の撮影が物語の中心に置かれていることです。そのため、撮影シーンにはかなりエロティックな描写があります。一方で、そうした場面から突然、思いもよらない恐怖の場面へ切り替わる演出も印象的です。
この急激な場面転換には何度か驚かされました。私自身、思わず「ウワ!」と声を上げてしまった場面が2度ほどありました。
もちろん、スラッシャー映画らしい残酷描写もふんだんにあります。3組の若者たちが次々と殺人鬼の餌食になり、グロテスクな殺戮シーンが繰り広げられます。エロ・グロ・ビックリ3要素が揃っていて、どこか懐かしさも感じさせるホラー映画でした。
● 失われていく若さと美貌への激しい嫉妬
では、なぜ老夫婦は若者たちをここまで恐怖と惨劇に巻き込むのでしょうか。
その背景にあるのが、失われていく若さと美貌への激しい嫉妬、そして満たされない性的欲求です。
若者たちは老夫婦の農場の離れを借り、そこでポルノ映画の撮影を始めます。その様子を覗き見ていた妻のパールは、若者たちの輝くような若さと美しさ、そして自由奔放に性愛を楽しむ姿に強い衝撃を受けます。
かつて自分も美しく、特別な存在になりたいと願っていたパールにとって、目の前にいる若者たちは、失われてしまった自分の若さそのものを象徴する存在でした。それだけに、彼らの姿はパールにとって耐え難い嫉妬の対象となっていきます。
しかもパールは、肉体こそ90代の老人ですが、「女性として愛されたい」という欲求や性的な衝動まで失っているわけではありません。
若者たちの姿を覗き見て興奮したパールは、夫のハワードに夜の営みを求めます。しかし、心臓の弱いハワードには、彼女の欲求に応えることができません。
満たされない性的欲求と、若者たちに対する嫉妬や羨望。それらが次第に入り混じり、やがてパールの感情は凶暴な殺意へと変わっていきます。
このように考えると、本作の恐怖の裏側には、単なる殺人鬼の狂気だけではなく、「老いること」と「若さを失うこと」に対する人間の哀しみが隠されていることが分かります。
ただ、ぼくはこの部分については、残念ながらそれほど入り込めませんでした。
老人同士のキスシーンなども描かれていますが、個人的には少し生々しく感じられ、思わず「ここはカットしてほしい」と思ってしまったほどです。もちろん、それもパールという人物の欲望や執着を描くために必要な演出なのでしょうが、ぼくには少し抵抗がありました。
● ミア・ゴスが仕掛ける「1人2役」
ところで、この映画を観ていて最も驚いたのが、老女パールを演じているのが主演のミア・ゴスだったことです。

実はミア・ゴスは、本作で若く野心的な主人公マキシーンと、若者たちを襲う老女パールの一人二役を演じています。しかもパールには特殊メイクが施されているため、私は最後まで同じ女優が演じていることに気づきませんでした。
これはなかなか驚きでした。
マキシーンは、若さと美貌を持ち、これから先の輝かしい未来を夢見る女性です。一方のパールは、老いによって若さと美貌を失いながらも、「女性として愛されたい」という欲望を捨てきれない人物です。
この正反対ともいえる2人を同じミア・ゴスが演じることで、作品のテーマである「若さへの執着」がより鮮明になっています。
若さと美貌、そして未来を手にしているマキシーン。それらをすでに失ってしまったパール。
2人を同じ女優が演じていると知ると、パールが若者たちに向ける嫉妬や羨望も、単なる狂人の感情ではなく、自分が失ってしまったものへの執着として見えてきます。
エロティックな描写とグロテスクな殺戮、突然襲ってくる恐怖というスラッシャー映画の楽しさを持ちながら、その奥には「若さを失うこと」への恐れや、人間の欲望と哀しさが描かれています。その意味でも、単なるB級ホラーでは終わらない作品でした。
参照:「X エックス」ヒロインが老婆の殺人鬼も演じていた 特殊メイクに9時間
