「先生、私の隣に座っていただけませんか?」 2021年製作 日本
 

黒木華(くろき はる)という女優を初めて見たのは、2012年10月に放送が始まった朝ドラ「純と愛」でした。主演女優以上に彼女の演技が印象に残り、いつしか黒木華を見るためにドラマを見続けるようになっていました。それほど強く惹かれた女優であり、以来、ずっと注目してきました。

そんな黒木華が出演する映画なら見てみたい。そう思って視聴したのが、Netflixで配信されている堀江貴大(ほりえ たかひろ)監督の『先生、私の隣に座っていただけませんか?』です。

本作は、黒木華と柄本佑が演じる漫画家夫婦を中心に、現実と虚構が入り混じる心理戦を描いた作品です。

物語は、夫の不倫を知った漫画家・佐和子が、その出来事を漫画の題材にするところから動き始めます。彼女は夫の不貞だけでなく、自分が別の男性にひそかに抱いている淡い恋心までも漫画に描いていきます。

このあらすじを読んだとき、ぼくは「ちょっと面白そうだな」と感じました。しかし、実際に観てみると、事前の予想をはるかに上回る面白さでした。物語の展開に引き込まれ、最後まで楽しめる作品でした。

黒木華が演じる佐和子は、一見するとおとなしく、あまり自己主張をしない女性です。ところが、漫画を通じて少しずつ夫を追い詰めていきます。その過程で見せる彼女の静かな表情や言動には、言葉では表現しきれない怖さがあります。

黒木華は、感情を激しくぶつけるのではなく、抑えた演技によって佐和子の内面を表現しています。その静かな迫力がとても印象的で、心理的に追い詰められていく恐怖を描いたホラー映画を観ているような感覚になりました。

一方、柄本佑が演じる佐和子の夫・俊夫は、編集者の千佳と不倫関係にあります。自分が不貞を働いているにもかかわらず、妻の不倫を疑い始めても、正面から問いただすことができません。

自分の行動を棚に上げ、妻の知らない一面に焦り、慌てふためき、やがて嫉妬にとらわれていく俊夫。柄本佑は、そんな夫の滑稽さと生々しさを見事に演じています。思わず笑ってしまう場面がある一方で、その姿には現実味もあり、非常に印象に残りました。

本作の魅力は、俳優たちの演技だけではありません。劇中で佐和子が描く漫画は、実際に第一線で活躍する漫画家のアラタアキ氏と、『サターンリターン』などで知られる鳥飼茜氏が担当しています。

作中に登場する漫画の完成度が高いからこそ、映画の中で描かれる現実と虚構の境界が、さらに曖昧になっています。漫画そのものが物語の重要な要素として機能し、作品への没入感を高めています。

物語が進むにつれて、佐和子が描いている漫画は、彼女の創作なのでしょうか。それとも、実際に起きている現実を描いているのでしょうか。

その真相がはっきりしないまま、観ている側も俊夫と同じように翻弄されていきます。漫画の内容に疑念を抱きながらも、次に何が起きるのか気になり、画面から目を離せなくなります。

さらに、eillがカバーする竹内まりやの名曲「プラスティック・ラブ」も、作品の世界観によく合っています。楽曲が醸し出す独特の雰囲気が、物語に漂う不安や緊張感を引き立てています。

俳優の演技、現実と虚構が交錯するストーリー、劇中漫画の完成度、そして音楽。さまざまな要素がうまく組み合わさり、作品全体の魅力を生み出しています。

黒木華のファンはもちろん、心理戦や現実と虚構が入り混じる物語が好きな人にも、ぜひ観てほしい映画です。