9月11日、同県本巣市のケーキ店火災で現場から病院に搬送され、治療を受けていた女性店主の曽野さとみさん(66)が死亡しました。目立った刺し傷などの外傷はなく、死因については岐阜県警が調べています。今回の火災による死者は、これで4人となりました。

● 年に1度ほど顔を合わせていた同級生たち
火災が発生したのは9月5日午後9時ごろです。現場となったのは鉄骨2階建ての店舗兼住宅で、当時、建物内には店主や友人ら11人がいました。

建物は約300平方メートルが焼損し、焼け跡からは、市内に住む自営業の福田達哉さん(66)と、パート従業員の堀部真由美さん(65)の遺体が見つかりました。福田さんは腹部を刺されたことによる失血死、堀部さんは急性一酸化炭素中毒が死因とされています。

曽野さんらの中学時代の同級生によると、今回の集まりにつながる同窓会は、数年前から定期的に開かれていたといいます。

「7~8年前、恩師らを招いた同窓会があり、2次会で『さんらいず』を利用しました。その際に集まった13人でLINEグループを作り、年に1回ほどのペースで顔を合わせていたそうです。メンバーが定年退職してからは、集まる機会も少し増えたと聞いています。曽野さんも店主としてサービスし、ケーキを安く提供していたそうです」

一方、店の前にある駐車場の車内で、裸に近い状態で救助された男性会社役員の林寛至(ひろし)さん(70)についても、その後、死亡が確認されました。死因は全身やけどによる熱傷性ショックでした。

● ガソリンに引火し、自らも炎に巻き込まれたか
死亡した林さんについては、事件前、自宅近くのガソリンスタンドで携行缶を使い、複数回にわたってガソリンを購入していたことが新たに判明しました。

7年前の京都アニメーション放火事件を受け、ガソリンを容器に入れて販売する際には、購入者の本人確認に加え、使用目的の確認も義務づけられています。林さんは、購入時に「草刈り機の燃料」と説明していたとされています。

京都アニメーション放火事件では、犯人がガソリンをまいて火を放った際、自身も炎に巻き込まれました。今回の事件でも、林さんが同じように自らまいたガソリンによって火災に巻き込まれた可能性が指摘されています。

ガソリンは、日常的に扱われる液体燃料の中でも特に引火しやすく、取り扱いには大きな危険が伴います。まいた際には、跳ね返った液体や気化したガスが衣服や皮膚に付着することがあります。

ガソリンが染み込んだ衣服に火がつくと、キャンドルの芯と同じ原理で激しく燃え広がり、水をかけても簡単には消えない場合があります。火をつけた瞬間、自身も炎に包まれる危険があるのです。

● 曽野さんの夫の葬儀が接点だった
では、曽野さんと林さんには、どのような接点があったのでしょうか。

2人を知る中学時代の同級生は、こう話します。

「曽野さんは以前に夫と死別しています。その夫の葬儀を林さんの会社で執り行ったそうです。それをきっかけに2人の接点が生まれ、その後、仕事上の付き合いも始まったと聞いています」

林さんは岐阜県瑞穂市(みずほし)で葬儀会社などを経営していました。知人によれば、会社の業績は順調だったといいます。

「葬祭業だけでなく、し尿のくみ取りや変死体の回収など、人が敬遠しがちな仕事も積極的に請け負っていました。売り上げは右肩上がりだったと聞いています。性格は『金持ち喧嘩せず』という言葉そのままで、いつも余裕があり、どっしりと構えて何でも話を聞いてくれる人でした。1500万円相当のクルーザーも所有していて、『妻が釣りに行くときに使っている』と話していたこともあります」

年下の妻を「かあちゃん、かあちゃん」と呼び、大切にしていたという林さん。ただ、妻とは早くに死別したといいます。

● 北朝鮮への渡航経験も
林さんの生い立ちや人生観をうかがわせる書籍もあります。2024年7月に文芸社から刊行された『人麻呂のシグナル』です。

韓国仏教の僧侶らとの共著で、「いろは歌」や『万葉集』を渡来人の言葉である韓国語から読み解くことを掲げた宗教関連の書籍です。

林さんは「韻山鐘九」の名義で、同書の一章「消された古代史・神々の誓約」を執筆しています。内容は幼少期からの歩みを振り返った半生記ともいえるものです。

愛知県豊橋市に生まれ、かつては清掃会社に勤務していた林さん。同書によれば、1995年には「誰も行けない国へ行ってみたいという興味本位」から北朝鮮を訪れたといいます。

渡航に際しては、「日本のレーニン」と呼ばれた大物運動家を頼ったと記しています。現地への引率者は、かつて学生運動で世間を騒がせた元赤軍派議長の塩見孝也氏でした。

塩見氏との接点は、林さんの妻の叔父だったとされる人物です。その叔父は、学生運動組織「京浜安保共闘革命左派」の議長を務めた川島豪氏でした。

1995年11月、北京経由で北朝鮮に入国すると、現地では田宮高麿をはじめ、よど号ハイジャック事件を起こして北朝鮮に亡命した国際手配犯らが待っていたといいます。

そのうちの一人から、こんな話を聞いたと林さんは記しています。

「よど号の機長に模造刀を突き付けられながら玄界灘を超える時、これで日本とはおさらばかぁ。そう思ったね」

林さんは、その話について「生々しい迫力に正直震えあがりました」と記しています。

● なぜ林さんは現場にいたのか
林さんは、当日のケーキ店での集まりには招待されていなかったとみられています。それにもかかわらず、なぜ現場に姿を見せていたのでしょうか。

曽野さんとは交際関係にあったとされる林さん。2人の間にどのような関係があり、事件当日に何が起きたのかは、いまだ明らかになっていません。

曽野さんも死亡したことで、事件の背景や当日の詳しい経緯を解明することは、さらに難しくなったといえそうです。

参照:【独自】ケーキ店火災5人死傷 死亡の男性は事件数日前から複数回ガソリン購入していた
   《岐阜ケーキ店火災》「店主の女性と数年前から交際」死亡男性が書き遺した北朝鮮渡航歴