9月8日、デヴィ夫人(86)が暴行容疑で罰金20万円を求刑されました。デヴィ夫人といえば、華やかな経歴と歯に衣着せぬ発言で知られる一方、これまでにもたびたび暴力沙汰や問題発言が取り沙汰されてきた人物です。
今回、問題となったのは、所属事務所のスタッフや元マネージャーら2人に対する暴行です。そして、いずれの事件にも「犬」が深く関係しています。
● 食事の席で「犬食文化の賛否」をめぐり口論
2025年2月13日、東京都渋谷区の飲食店で、芸能事務所の関係者ら6人が集まり、当時秘書だった女性の送別会が開かれました。
女性はデヴィ夫人と今後の活動方針をめぐって意見が合わず、退職が決まっていました。
初公判などで明らかになった内容によると、食事中に「犬食文化」、つまり犬の肉を食べる習慣の是非について議論になり、やがて口論に発展したとされています。
スタッフ側から「私は犬肉を食べることに反対じゃないもん」と言われたことで、デヴィ夫人が激昂したとされます。動物愛護活動に力を入れてきたデヴィ夫人にとって、犬をめぐる考え方の違いは看過できないものだったようです。弁護側も、こうした意見の対立から強く立腹したと説明しています。
起訴状によれば、デヴィ夫人は至近距離に座っていた女性秘書に向け、おしぼりやシャンパングラスなどを投げつけたとされています。幸い、女性にけがはありませんでした。
検察側は、至近距離から物を投げつける行為について、「危険で短絡的、八つ当たり的な暴行」だと指摘しました。
一方、元秘書の女性は、事件後もデヴィ夫人から「嘘つき」と呼ばれるなど、精神的な苦痛が続いているとして、厳しい処罰を求めています。
デヴィ夫人自身は、当時の自分について「瞬間湯沸かし器のようにカッとなってしまった」と表現し、箸や箸置きを投げたことは認めています。
しかし、「おしぼりさえ相手に当てていない」「シャンパングラスは絶対に投げていない」と主張。シャンパングラスを投げたことについては、一貫して否認しています。
● 愛犬の死をきっかけに「ここは犬殺しセンターです!」
もう一つの事件も、やはり犬がきっかけでした。
2025年10月28日、深夜23時30分ごろ、東京都渋谷区内の動物病院でトラブルが起きました。
当時デヴィ夫人が飼っていた14歳の雄のチワワ「太郎ちゃん」は、その日の昼ごろから容体が悪化していました。女性マネージャーが先に愛犬を病院へ連れて行っていましたが、デヴィ夫人が到着したときには、すでに亡くなっていました。
愛犬を失ったショックからパニック状態になったデヴィ夫人は、病院の若い男性医師に対して「ヤブ医者ばっかり!」「ここは犬殺しセンターです!」などと激昂し、詰め寄ったとされています。
その場を収めようとした女性マネージャーに対しても怒りの矛先が向きました。
起訴状などによれば、デヴィ夫人は女性マネージャーの胸や腹、腕を数回殴り、すねを蹴るなどの暴行を加えたとされています。
当初、警察は女性が全治約2週間の軽傷を負ったとして、傷害容疑で書類送検しました。その後、検察は暴行罪で在宅起訴しています。
検察側は、取り乱した末の行為について「八つ当たりとも言うべき粗暴な暴行」と厳しく指摘しました。
女性マネージャーは事件後に事務所を解雇されたうえ、デヴィ夫人から「あなたはサイコパスだから」といった趣旨の手紙が届いたことを公判で明かしています。強い精神的苦痛を受けたとして、厳罰を求めています。
これに対しデヴィ夫人は、医師に詰め寄ろうと身を乗り出した際、マネージャーから後ろから羽交い締めのように抑え込まれそうになり、「腕を強く振り払った」ことは認めています。
しかし、意図的に殴ったり蹴ったりしたことは一切ないと主張。公判や自身のXでも、一部否認を続けています。
● 政治団体「12(ワンニャン)平和党」まで設立
こうして見ると、今回の一連の事件には、デヴィ夫人の犬に対する強い思いが大きく関係しているようにも見えます。
実際、デヴィ夫人は動物愛護に非常に熱心な人物です。
2025年2月12日には記者会見を開き、犬や猫の殺処分ゼロ、動物虐待の厳罰化、犬猫の食肉禁止の法制化などを掲げた政治団体「12(ワンニャン)平和党」の設立を発表しました。
同年夏の参議院選挙への立候補を目指していましたが、結党からわずか2カ月後の4月25日、同団体は公式ホームページで解散を発表しました。
当時、デヴィ夫人はインドネシア国籍でした。日本の選挙に立候補するには日本国籍が必要なため、帰化を申請していましたが、参院選の公示までに承認が間に合わない見通しとなり、出馬条件を満たせなくなりました。
さらに、選挙戦略を担っていた著名な選挙プランナー、藤川晋之助氏が同年3月に急逝。選挙に向けた体制を維持することも難しくなりました。
そこに、元スタッフの女性への暴行容疑で書類送検された問題も重なり、政治活動にも影響を及ぼしたとみられます。
● ベランダから植木鉢を投げつけた過去
デヴィ夫人の暴力沙汰として、過去に大きく報じられた事件もあります。
2009年、69歳だったデヴィ夫人は、自宅に抗議に訪れた右翼の街宣車に対し、ベランダから植木鉢を投げつけました。
事件の翌日、4月20日には、親友である演歌歌手の本田美恵子さんが主宰するチャリティーディナーショー「桜りん会」に登場。名誉会長としてあいさつし、事件についても言及しました。
「本当はワタクシの思想のほうが“最右翼”のはずなのに、なぜ右翼に襲われなくてはならないのでしょうか」
そう語って右翼を批判するとともに、美容院の予約をやむなくキャンセルしたことなどを愚痴りました。
さらに怒りの矛先は警察にも向けられました。
「一番怒りを覚えるのは右翼構成員ではなく、ワタクシに暴行を働いた警察官」
取り押さえられた際に警察官から暴行を受けたと主張し、自身の行動だけでなく、その後の対応についても強く批判したのです。
こうした過去を振り返ると、今回の裁判でデヴィ夫人が「シャンパングラスは投げていない」「殴る、蹴るといった行為はしていない」と被害者側の主張を否定していることについて、複雑な印象を抱く人がいるのも無理はないでしょう。
● 大工の娘からインドネシア大統領夫人へ
改めてデヴィ夫人の経歴を振り返ると、その人生はまさに波乱万丈です。
大工の娘として生まれた女性が、インドネシアの大統領夫人となり、その後はヨーロッパの社交界を経て、日本の芸能界で活躍するようになりました。
1940年2月6日、東京都港区西麻布に生まれました。高校は定時制に通いながら高級クラブなどで働き、家計を支えました。
1959年、19歳のときに、訪日していたインドネシア初代大統領スカルノ氏と赤坂の高級料亭で出会います。

その年にインドネシアへ渡り、22歳でスカルノ大統領の第3夫人として正式に結婚。大統領から「ラトナ・サリ・デヴィ」、すなわち「宝石の聖なる女神」という意味の名を贈られました。
1965年にはインドネシアでクーデター、いわゆる「9・30事件」が発生し、スカルノ大統領が失脚します。
政変の激動の中、妊娠中だったデヴィ夫人は日本へ一時亡命。1967年に長女のカリナ氏を出産しました。
その後、スカルノ元大統領の死去した1970年前後からフランス・パリへ亡命、移住。類い稀な美貌と社交性から、パリの社交界では「東洋の真珠」と称され、ヨーロッパの貴族や著名人との華やかな交友関係でも知られるようになりました。
その後は環境保護やチャリティ活動にも力を入れるようになります。
1990年代には活動の拠点を日本へ移しました。辛口で歯に衣着せぬ物言い、圧倒的な気品、そして体当たりでバラエティ番組に挑む姿が注目され、唯一無二の「ご意見番タレント」として人気を確立しました。
『世界の果てまでイッテQ!』などでは、バンジージャンプやスカイダイビング、泥まみれになる企画にも挑戦。高貴な経歴を持つ高齢女性が、芸人顔負けの体当たりパフォーマンスを見せる姿は大きなインパクトを与えました。
また、NPO法人「アースエイドソサエティ」を設立し、国際的な慈善活動や動物愛護活動にも長年取り組んでいます。
● 「感情的になると手が出る」という危うさ
デヴィ夫人がタレントとして成功した理由の一つは、こうした常識にとらわれない行動力でしょう。
一方で、そこには危うさもありました。
トーク番組では「気品ある毒舌家」というキャラクターを確立し、無礼だと感じた相手や、筋が通らないと考えた事柄に対しては、容赦のない言葉を浴びせてきました。
その一方で、教養や国際感覚を感じさせる発言も多く、単なる毒舌家ではない独特の存在感を放っていました。
しかし、感情が高ぶると行動が激しくなる一面もあります。
デヴィ夫人が暴力沙汰を起こしたのは今回が初めてではありません。
1992年、アメリカ在住時には、フィリピン元大統領の孫娘の顔をシャンパングラスで殴打し、37針を縫う大けがを負わせたとして、傷害容疑で逮捕されました。
2014年には、テレビ番組の収録中に一般女性を3回平手打ちし、その女性が警視庁に被害届を提出したこともあります。
どれほど感情的になったとしても、暴力に訴えることは許されません。まして、人前に立つ仕事をしているのであれば、その責任はより重いはずです。
● 繰り返されてきた問題発言
デヴィ夫人をめぐっては、暴力だけでなく、これまでにも数多くの問題発言がありました。
2020年には、テレビ番組で「不妊になるのは堕胎が原因です」と発言し、大きな批判を浴びました。
同年10月放送の情報番組で、共演者が「中絶は女性の体と心に負担がかかる」と発言したのに対し、「絶対にそうです。だから不妊になるんです」と持論を展開しました。
医療の専門家や視聴者から、科学的根拠がなく、不妊に悩む人を傷つける発言だと批判が相次ぎ、その後、自身のブログで謝罪しています。
また、元TOKIOの山口達也氏が女子高生への強制わいせつ事件を起こした際には、自身のブログで「たかがキス位で無期限謹慎なんて厳しすぎ、騒ぎすぎでしょう!」と書き込み、加害者を擁護するような姿勢だとして批判されました。現在、この記事は削除されています。
ジャニー喜多川氏の性加害問題が大きく取り上げられた際にも、SNSで「死人に鞭打ちではないか。本当に嫌な思いをしたのなら、その時なぜすぐに訴えない」と投稿しました。
被害者側の心理や、性加害が長期にわたって見過ごされてきた構造的な問題を無視しているとして批判が殺到。二次加害にあたるとの指摘も受け、その後、投稿を削除して謝罪しました。
このほかにも、性加害事件をめぐって加害者側に寄った意見をたびたび発信してきました。
もちろん、テレビ局側がデヴィ夫人を「何でも言ってくれる毒舌タレント」として起用し、その強烈なキャラクターを利用してきた面もあるでしょう。
そして、そんな発言を「面白い」と受け止め、テレビを通じて消費してきた視聴者の側にも、少なからず責任はあるのかもしれません。
今回の事件によって、これまであまり見えにくかったデヴィ夫人の危うさが、改めて浮き彫りになりました。
罰金20万円を支払えば終わるという単純な問題ではありません。長年築いてきたタレントとしてのイメージにも、大きな傷がついたことは確かでしょう。
波乱に満ちた人生を歩み、何度も世間を驚かせてきたデヴィ夫人。果たして、これまでの並外れたバイタリティーで今回の危機を乗り越えることができるのでしょうか。
参照:「この場にいるのが不思議」デヴィ夫人、暴行裁判で罰金20万円求刑…弁護側「9000万円損失」
デヴィ夫人(85)「暴行容疑」で窮地、過去の暴力事件と偏った思想…「毒舌キャラ」の代償
