ニコラ・ストウ著のノンフィクション『未解決殺人クラブ 市民探偵たちの執念と正義の実録集』は、インターネットを駆使し、独自の調査を重ねながら未解決事件の真相を追う「市民探偵(アマチュア探偵)」たちの姿を描いた一冊です。

● あとがきに登場する「どんぐり公園」の話
本書を手に取ったきっかけの一つは、訳者・村井理子氏のあとがきでした。そこには、村井氏が子どもの頃、母親から何度も聞かせてもらったという、ある体験談が紹介されています。

「私が子どもだった頃、私と兄を寝かしつける母が何度もきかせてくれた話があった。」

そんな書き出しで始まるのは、村井氏の母親が小学生だった頃の出来事です。

近所には「どんぐり公園」と呼ばれる公園があり、秋になると木々から大量のどんぐりが落ちていました。近所の子どもたちは、それを拾って遊んでいました。

ところが、どんぐりが子どもたちの間で人気になるにつれ、いじわるな男の子たちが公園の入り口に見張りを立て、どんぐりを独占するようになります。

そこで女の子の一人が、「放課後じゃなくて、学校へ行く前にどんぐり公園に行けばいいんじゃないの?」と提案します。女の子たちは翌朝6時半に公園へ集まることを約束しました。

翌朝、6時半きっかりに家を出た母親は、公園へ急ぎます。外はまだ薄暗く、濃い霧も立ち込めていました。しかし、公園に着いて友達を待っても、誰もやってきません。

待ちきれなくなった母親は、一人でどんぐりを拾い始めます。いじわるな男の子たちを見返してやろう。そう考えながら、夢中になってどんぐりを拾い続けます。

ところが、そのときでした。

地面にしゃがみ込み、次々とどんぐりを拾っていた母親の目の前に、白い何かがぼんやりと浮かび上がります。

この先に何が待っていたのかは、ぜひ本書を読んで確かめてほしいところです。



村井氏は、この母親の話が好きで、何度も「聞かせて」とせがんでいたそうです。母親にとっては、できれば思い出したくない出来事だったのかもしれません。

一方で村井氏は、この話を何度も聞いた経験が、自身の事件や事故に対する強い関心につながったのではないかと振り返っています。あとがきに書かれたこのエピソードがとても印象的で、私はそこから本文にも興味を持ちました。

● Netflixで映像化された事件も
あとがきが面白かったこともあり、続けて本文を読み始めました。300ページを超える本だけに、内容にはかなりの厚みがあります。

本書で取り上げられている市民探偵たちの活動のなかには、Netflixのドキュメンタリー作品として映像化されている事件もあります。

たとえば、『事件現場から: セシルホテル失踪事件』や『猫イジメに断固NO!: 虐待動画の犯人を追え』などです。本で読んだ事件がどのように映像化されているのか、機会があればぜひ作品も見てみたいと思いました。

本書を読んでいると、市民探偵たちの調査能力の高さに驚かされます。しかし、本書が単純に彼らの活躍を称賛するだけの内容ではないところも重要です。

終盤のおよそ30ページでは、市民探偵たちが憶測に基づいてSNS上で犯人とみられる人物の情報を公開した結果、無実の人が苦しめられたり、警察の捜査が妨げられたりした事例も描かれています。

証拠が十分にそろっていない段階で、自分の推測した犯人像をインターネット上に公開することには、大きな危険が伴います。市民探偵の執念や行動力を描くだけでなく、その裏側にある危うさまで取り上げている点に、本書の意義があるように感じました。

● プロ顔負けの調査能力に驚かされる
それにしても、アメリカの市民探偵たちの調査能力には驚かされます。

著者は前書きで、数カ月にわたって市民探偵たちと交流を重ね、その調査能力や犯罪科学に関する知識の深さに感銘を受けたと述べています。そして本文では、実際に事件を追い続けた市民探偵たちの活動を詳しく紹介しています。

その一人が、テネシー州の元工場労働者、トッド・マシューズです。

彼は、腐敗が進み、両目を失った遺体がキャンバス地のテント・バッグ[テントを収納するための、キャンバス地の大きなバッグ]に包まれていたことから「テント・ガール」と呼ばれていた身元不明女性の事件を、11年にわたって追い続けました。

事件に取りつかれたトッドは、肉切り包丁を手に夢遊病者のように家の中を歩き回り、腐敗して崩れたテント・ガールの顔の幻影に悩まされることさえあったといいます。

また、別の「インターネット探偵」は、10年以上にわたって求め続けた正義を実現するため、犯人を人けのない場所へおびき出し、自らの手で射殺することまで考えたといいます。

さらに、連続殺人鬼の正体を突き止めようとして、「オーシャンズ11」に感化され、郡保安官事務所への侵入を試みた二人組も登場します。

いずれも、普通の市民が自分の生活の合間を縫って未解決事件を追い続けた末に、ここまでの行動に踏み込んでしまった例です。本書には、こうした市民探偵たちの執念と、それがときに危険な方向へ向かう姿の両方が描かれています。

日本ではまだ広く知られていないだけで、アメリカには私たちが想像する以上に高い調査能力を持つ市民探偵が存在するのかもしれません。

報酬を受け取るわけでもなく、本業を終えた後の時間を使って未解決事件を追い、真相へたどり着くための糸口を探し続ける。そんな彼らの執念には、ただただ頭が下がります。

一方で、その情熱が行き過ぎれば、無実の人を傷つけたり、捜査そのものを妨げたりする危険もあります。

市民探偵たちの驚くべき調査能力と、事件解決にかける強烈な執念。その光と影の両方を知ることができる一冊でした。