携帯電話が普及して以来、腕時計を身に着ける機会がすっかりなくなりました。ぼくの場合、腕時計は気を抜くとなくしてしまうことも多く、時間を確認できる携帯電話が腕時計の代わりになったことをありがたく感じています。
一方、昨年、「ながさき掲載web」が行った調査によると、現在も8割の人が腕時計を所有しているそうです。ただし、所有者の約3割は、ほとんど身に着けていないと回答しています。
● 腕時計4本、総額2億円相当を盗む
そんな腕時計をめぐり、東京・中野の「中野ブロードウェイ」にある時計店で、2人組の男が腕時計4本、総額約2億円相当を盗む事件が起きました。チリ国籍の男2人が逮捕されましたが、犯行にかかった時間はわずか10秒だったといいます。
それにしても、1本の腕時計に数千万円もの価値があることには驚かされます。今回の事件を知るまで、これほど高額な腕時計が存在することを知りませんでした。
実は中野は、時計愛好家の間では「腕時計の聖地」と呼ばれるほど、時計専門店が集まっている地域だそうです。高級時計を求める人にとっては有名な場所ですが、そこが今回の犯行現場となりました。
マンションを購入できるほど高価な時計を身に着けて歩くことには、それだけ大きなリスクも伴います。時計の価値を知る人物から狙われれば、人通りの少ない場所で暴行を受け、時計を奪われる可能性もあります。
さらに、高級時計の購入者に関する情報が犯罪組織に流出すれば、時計だけでなく、所有者本人や自宅まで狙われる恐れがあります。
逮捕されたのは、ピニャ・グスマン・ジェレミー・パオロ容疑者(23)とマンサーノ・ケサダ・ボリス・アレクシス容疑者(33)です。2人は25日、中野ブロードウェイの時計店から腕時計4本、総額約2億円相当を盗んだ疑いが持たれています。
● 「小さく、軽く、価値が高い」という危うさ
今回の事件では、逃走にも意外な手段が使われました。実行犯のチリ人2人組のうち1人は、シェアリングサービスの電動キックボードを利用したとされています。
スマートフォンと免許証などがあれば外国人旅行者でも簡単に利用できるという利便性が、犯罪に悪用された形です。これを受け、本人確認や安全管理のあり方だけでなく、サービスそのものの必要性についても、SNSなどで改めて議論が広がっています。
また、破られたショーケースには強化ガラスが使われていたとみられています。強化ガラスは、ハンマーなどによる特定の鋭い衝撃に弱い性質があるため、こうした高額商品を扱う店舗では、より強度の高い防犯ガラスの導入が求められます。ただし、防犯ガラスは非常に高価だといいます。

今回盗まれたリシャール・ミルやパテック・フィリップのように、1本で数千万円する腕時計は、現金や不動産と比べて「小さく、軽く、価値が高い」という特徴があります。そのため、犯罪グループから見れば、持ち運びやすく、換金しやすい非常に効率のよい標的になってしまいます。
さらに、盗難品が海外のブラックマーケットに持ち込まれると、盗難品かどうかの確認が十分に行われず、換金やマネーロンダリング(資金洗浄)につながる可能性もあります。高級腕時計が犯罪の対象になりやすい背景には、こうした事情もあるのでしょう。
犯行後、2人はその日のうちに新幹線で大阪市へ向かったとみられています。そして27日、大阪市内の民泊にいるところを捜査員に発見されました。2人は事件の4日前に来日したばかりだったといいます。
逮捕時、2人は盗まれた4本の腕時計のうち、1本しか所持していませんでした。ピニャ・グスマン容疑者は「盗んだのは1本だけで、ほかの3本については分かりません」と供述しています。また今回の被害品とは別の高級腕時計1本も所持していたことがわかりました。
一方、マンサーノ・ケサダ容疑者は「腕時計を売って金に換え、その金を母国に持ち帰るつもりだった」と話しているといいます。
● リシャール・ミルを狙ったことに計画性か
今回の被害品は4本で、内訳はパテック・フィリップが1本、リシャール・ミルが3本でした。逮捕された容疑者の1人は、被害品とみられる腕時計1本を所持していたとされています。
いずれもスイスの高級腕時計メーカーです。なかには、店内で最も高額な商品も含まれていたとの報道があります。
このニュースが報じられると、SNSでは「ロレックスではないのに、なぜそんなに高いのか」と驚く声も目立ちました。
しかし、ロレックスが世界で最も高級な腕時計ブランドというわけではありません。時計愛好家の間で「時計界の頂点」として名前が挙がるブランドの一つが、パテック・フィリップです。ロレックスよりも長い歴史を持ち、王族や著名な経営者、大富豪などにも愛用者が多いことで知られています。
パテック・フィリップなら、名前を聞いたことがある人も少なくないでしょう。一方、リシャール・ミルとなると、知っているのは時計愛好家や一部の富裕層に限られるかもしれません。
リシャール・ミルは2001年に誕生した比較的新しいブランドですが、短期間で世界的な人気を獲得しました。1本数千万円という価格も珍しくなく、モデルによっては1億円を超えるものもあるといいます。
高級腕時計にはシリアルナンバーが刻印されており、盗難が発生すると、捜査機関を通じて時計業者の間で情報が共有されます。そのため、国内で盗品を売却するのは容易ではありません。犯人側からすれば、海外へ持ち出す必要が生じます。
ただ、ロレックスであれば税関職員にも広く知られています。パテック・フィリップも同様でしょう。
その点、リシャール・ミルは事情が異なります。非常に高額な時計であるにもかかわらず、一般的な知名度はそれほど高くありません。時計に詳しくない人から見れば、数千万円する腕時計だと判断するのは難しいでしょう。
そのため、「身に着けていれば、税関で詳しく確認されることなく海外へ持ち出せるのではないか」と考えた可能性もあります。知名度が低く、それでいて極めて高価なリシャール・ミルは、犯人にとって狙いやすい存在だったのかもしれません。
では、残る3本の腕時計はどこへ消えたのでしょうか。
マンサーノ・ケサダ容疑者は、取り調べに対して「逃走中に落とした」と供述しています。しかし警察は、転売するため別の場所に隠した可能性や、すでに第三者へ渡った可能性もあるとみて、行方を追っています。
高級腕時計は、単なる「時間を確認する道具」ではありません。数千万円、場合によっては億単位の価値を持つものもあり、その小ささと持ち運びやすさが、犯罪の標的になる危険性を高めています。
腕時計を身に着ける文化が変化する一方で、腕時計そのものが持つ価値は、私たちが想像する以上に大きくなっているのかもしれません。
参照:《中野“2億円”時計窃盗》「盗んだ3本の時計は落とした」「計画性はなかった」来日4日で襲撃
「えっ、ロレックスじゃないのに4本で2億円?」 愛好家の聖地「中野」で起きた腕時計窃盗事件
