8月16日に放送された「サンデーモーニング」で、シンガー・ソングライターの加藤登紀子氏(82)の発言が波紋を呼びました。
番組では、ロシアのプーチン大統領が13日、北方領土の一つである択捉島(えとろふとう)を初めて訪問したことを取り上げました。日本政府がロシアに抗議したことなどが紹介される中、元外務事務次官の藪中三十二(やぶなか みとじ)氏は、今回の訪問について「断じて許容できない」との認識を示しました。
● 北方領土はロシアが領有されている
これを受け、司会の膳場貴子アナウンサーが加藤氏に意見を求めました。
加藤氏は、自身が「知床旅情」を歌ってきたことにも触れながら、北方領土について「現在北方領土はロシアが領有されているもの」と発言しました。そのうえで、戦争末期に北方領土がソ連の領有となった経緯について「一定の客観的判断は必要」と指摘。
「現実に求められているのは、領土ではなくて平和なんですよ」と述べ、領土問題によって平和への道が遠のくことへの懸念を示しました。
この発言を受け、駒田健吾アナウンサーはすぐさま「加藤さんが『領有』という言葉をお使いになりましたけど、正しくは藪中さんのおっしゃる実効支配しているという形ですよね」と補足しました。
加藤氏の発言を考えるうえでは、同氏とロシアとの深い関係も無視できません。
● 歌を通じた平和発信を行っている
加藤氏は1943年、旧満州のハルビンで生まれました。当時のハルビンには多くの亡命ロシア人が暮らしており、加藤氏は幼少期から両親が親しんでいたロシアの言葉や文化に囲まれて育ちました。
終戦後の1946年には、母親らとともに日本へ引き揚げています。その後、シベリア抑留から帰国した父親は、1957年に東京・新宿でロシア料理店「スンガリー」を開店。加藤氏も店で働くロシア人たちと交流を深めました。
1968年には初の海外公演のため旧ソ連を訪問し、現地の芸術や音楽に触れています。さらに、旧ソ連で人気を博した「百万本のバラ」を自ら日本語に訳し、1987年に発表しました。同曲を長年にわたって歌い続けるなど、音楽を通じた平和へのメッセージも発信してきました。
一方で、加藤氏の人生は音楽だけで語れるものではありません。
都立駒場高校時代から学生運動に関わり、1962年には東京大学文科三類に入学しました。60年安保闘争で命を落とした樺美智子に憧れ、東大を目指したともいわれています。
転機となったのは東大の卒業式でした。
芸能誌から寄せられた「振り袖で出席してほしい」という依頼を断り、卒業式のボイコット闘争に参加。ジーンズ姿で安田講堂前に座り込む新人歌手の姿が注目を集めたことで、加藤氏の存在は広く知られるようになりました。
● 妊娠していて獄中結婚を選択する
そこで加藤氏と出会ったのが、反帝全学連委員長だった藤本敏夫氏です。
藤本氏から「集会で歌ってほしい」と頼まれたことをきっかけに交流を深め、やがて恋愛関係になります。
出会いから半年後の1968年10月21日、藤本氏は約1000人を率いて防衛庁に突入しました。いわゆる「国際反戦デー・防衛庁突入事件」です。
拘留された藤本氏を思いながら加藤氏が歌ったのが、「ひとり寝の子守唄」でした。この曲は後に日本レコード大賞歌唱賞を受賞します。
さらに、藤本氏が酔うと口ずさんでいたという「知床旅情」を加藤氏がカバーすると、約140万枚を売り上げる大ヒットとなりました。日本レコード大賞候補にも選ばれ、「NHK紅白歌合戦」にも初出場しています。
しかし、その一方で藤本氏には厳しい現実が待っていました。
「防衛庁突入事件」「神田カルチェ・ラタン闘争」「アスパック阻止闘争」をめぐり、公務執行妨害と凶器準備集合罪に問われた藤本氏には、懲役3年8か月の実刑判決が下されました。そして1972年4月21日、中野刑務所に収監されます。
現在の感覚からすれば、恋人が実刑判決を受けて服役するとなれば、周囲から別れるよう勧められても不思議ではありません。しかし、加藤氏が選んだのは別離ではなく、獄中結婚でした。
当時、加藤氏は妊娠していました。1972年の『週刊平凡』では、その心境について次のように語っています。
《彼が服役中に子供が生まれてくることになってよかったと思うの。おなかが出っ張ったところを彼に見られなくてすむんだもの》
● ロシアによる不法占拠が続いている
このような経歴を振り返ると、加藤氏が一般的な芸能人やコメンテーターとは異なる歩みをしてきた人物であることが分かります。番組側の意向を踏まえ、無難なコメントだけを発するタイプの出演者とは言えません。
だからこそ、今回の「北方領土はロシアが領有されている」という発言は、単なる言葉の選び方として片づけにくい問題を含んでいます。
日本政府は北方領土について、日本固有の領土であり、ロシアによる不法占拠が続いているとの立場を示しています。そのため、「ロシアが領有している」という表現は、現在ロシアが実際に支配しているという事実と、国際的な主権や領有権を混同しかねません。
現在の北方領土についてロシアが行っているのは、あくまで力を背景とした「デ・ファクト」、つまり事実上の支配です。それを「領有」と表現すれば、ロシア側に主権があることを認める意味にも受け取られかねません。
領土問題では、事実として誰が支配しているのかという「実効支配」と、法的に誰に領有権があるのかという問題を区別する必要があります。
今回、番組内でアナウンサーが「正しくは実効支配」と言い直したのも、こうした言葉の違いが持つ意味の大きさを踏まえたものだったと考えられます。
参照:「北方領土はロシア領有」加藤登紀子さんサンモニで発言 直後にアナ補足も...TBSの見解は
《東大闘争、獄中結婚、別荘で内ゲバ事件》加藤登紀子の左翼で片付けられない凄絶半生
