霞っ子クラブ著作の『あなたが猟奇殺人犯を裁く日』は、2009年5月に裁判員制度が始まった時期に出版された裁判傍聴記です。江東区バラバラ殺人事件やセレブ妻殺人事件をはじめ、実際に起きた10件の凶悪事件の裁判を傍聴し、その法廷で交わされたやり取りや緊張感を克明に記録しています。

刑事裁判では録音や録画が一切認められていません。そのため著者は、公判中のやり取りをすべて手書きで記録し、それをもとに法廷の様子を緻密に再現しています。だからこそ、まるでその場に座って傍聴しているかのような臨場感があります。

本書を読んでいると、「もし自分が裁判員だったら、この被告人にどのような量刑を言い渡すだろう」と自然に考えさせられます。ただ事件を知るだけではなく、裁判員として判断を迫られる立場を疑似体験できる一冊です。

収録されている事件は、残虐な犯行や壮絶な人間関係が絡むものばかりです。公判の重要な場面が凝縮されているため、情景が頭の中に鮮明に浮かび、場面によってはホラー小説以上の恐ろしさを感じました。

● 自宅に娘の遺体が袋に入っている
読み進めるうちに、以前別のブログで感想を書いたことがある事件が収録されていることに気づき、思わず驚きました。東京・幡ケ谷で起きた、歯科医宅での兄妹によるバラバラ殺人事件です。

事件が発覚したのは2007年1月3日です。東京都渋谷区幡ケ谷で開業していた歯科医師・武藤衛さん(62)が、「自宅に娘の遺体が袋に入っている」と代々木署へ届け出たことが発端でした。



自宅3階からは、長女で短大生だった武藤亜澄さん(20)の遺体を切断して入れたポリ袋3個が見つかります。そして翌4日、亜澄さんの兄で、歯学部を目指して三浪中だった武藤勇貴容疑者(21)が死体損壊容疑で警視庁に逮捕されました。

勇貴容疑者は取り調べに対し、「妹は日頃から両親に文句を言って困らせていた。兄である自分を見下すようなことを言われ、怒りが爆発して殺してしまった」と供述しています。

事件は2006年12月30日に起きました。勇貴容疑者は亜澄さんの首をタオルで絞め、さらに浴槽の水に沈めて殺害。その後、自室から包丁とのこぎりを持ち出し、浴室で遺体を15か所に切断したとされています。

● 観賞魚のサメが死んだ
この事件が今でも印象に残っている理由があります。ぼくがブログで使っている「サメ・石沢」の「サメ」という言葉が、事件の中で意外な形で登場するからです。

勇貴容疑者は犯行を隠そうとして、父親にこう説明したといいます。

「友人からもらった観賞魚のサメが死んだので、においがしても部屋は開けないで」

この一文を読んで、「サメは本当に観賞魚として飼えるのだろうか」と気になり、調べてみました。

調べたところ、観賞用として飼育できるサメは実際に存在します。成魚でも60~70センチほどの小型種がおり、輸入されることの多いイヌザメの幼魚であれば、60×45×45センチ程度の水槽から飼育を始められるそうです。

もっとも、飼育は決して簡単ではありません。底生のサメは夜行性のため、最初は水槽を暗くして餌を与えたほうが餌付きがよいなど、気を付ける点が少なくありません。調べれば調べるほど、面倒くさがりのぼくには到底飼えそうにない生き物だと感じました。

事件の話に戻りますが、勇貴容疑者が実際にサメを飼っていたという事実は確認されていません。それにもかかわらず、「サメが死んだから部屋を開けないでほしい」という説明で事件を隠し通そうとしたことになります。

しかし、遺体が放つ臭いは観賞魚とは比較にならないほど強烈です。同じ家で生活していれば気づかないはずがなく、この言い訳はいかにも幼稚だったように思えます。

この異臭について、週刊文春では元東京都監察医務院長・上野正彦氏が興味深い解説をしています。この話はぼくにとって初めて知る内容で、特に印象に残りました。

「手足ではなく内臓の臭いでしょう。胃液などの消化液は、死ぬと自らの内臓を消化する。つまり胃液は胃自体を消化するので、すぐに腐ってしまう。生ゴミが腐ったのを、さらに進化させたイメージです。」

「死ぬと自らの内臓を消化する」という仕組みは知りませんでした。人間の体が最後には自らを分解し、この世から消えようとしているかのようにも感じられ、強く印象に残りました。

● お前はいくら勉強しても無駄だ
本書では、この事件当日の兄妹のやり取りが非常に細かく再現されています。読み進めるうちに、まるで再現ドラマを目の前で見ているような感覚になります。少し長いですが、その一部を引用します。

『事件当日、父は仕事で外出。母親と長男は母親の実家に帰省していたため、家には妹と被告人の二人しかいませんでした。被告人は4度目の歯学部受験のため、浪人中。その日の午後、被告人が自分の部屋を出て2回にある居間へ行ったところ、そこにいた妹から「勇くんは、自分が勉強しないから成績が悪いと言ってるけど、本当はわからないね」などと言われてしまいます。

このときの言葉を「お前はいくら勉強しても無駄だ」という意味に解釈した被告人、なかなか大学に合格しないことも手伝って、強い憤りを感じました。

2階の居間から3階の自室へ向かう妹の後を追いかけ、3階の廊下に置いてあった木刀をつかんで、後頭部を背後から1回、思い切り力を込めて殴りつけました。妹は「ギャー」と声をあげ、両手で頭を押さえながらしゃがみ込みますが、被告人に対して、「何すんの。何で叩くんだよ」などと言い返してきます。この口の聞き方に被告人はまた腹を立て、さらに木刀で殴りつけます。妹は叫びながら木刀をつかもうとして抵抗しますが、それもはねのけ、なおも木刀で殴りつけました。

妹が「痛い、わかったからもうやめろ」と怒鳴ったので、被告人はようやく殴るのをやめます。しかしその後、妹から「私が何かしたか、何でこんなことすんだよ」と言ってきたことに対してまたキレて、「おまえが生意気言うからだ。何、調子こいてんだ。父ちゃん、母ちゃんに生意気な態度で」と言いながら、這って逃げようとする被害者の左手をつかみ、右手で足を踏みつけ、逃げられない体勢にしてから、普段の妹の両親の態度について非難します。

そのうち妹が歯をガチガチさせながら寒気を訴えてきたことなどから、木刀で殴ったことの罪悪感も手伝ったのか、やっと木刀を手放して、妹の肩にタオルをかけてあげたりして若干落ち着きました。

が、その後また妹が「私には女優になってスターになる夢がある。勇君とは違う。勇君が歯医者になるのは、パパとママの真似じゃない」などと言い出します。この発言で、歯科医になろうとしている自分を否定され、見下されたように感じた被告人、一気に怒りがこみ上げ、「もう聞きたくない、この口を黙らせるには殺すしかない」と考え、殺害を決意します。』

引用はここまでです。

● 「裁かなければならない現実」として
この後の展開は、さらに痛ましいものになります。遺体損壊の経緯まで読み進めると、「そこまでしなくてもよかったのではないか」という思いが拭えません。

しかも、この事件では裁判員制度の対象事件だったため、一般市民として裁判員に選ばれた人たちは、証拠写真を見ながら量刑を判断しなければなりませんでした。その精神的な負担は計り知れないものだったのではないでしょうか。

本書には目を背けたくなるほど凄惨な描写も少なくありません。しかし、ニュースでは伝わらない裁判の空気や被告人・被害者の姿、人間の感情の動きまで丁寧に描かれており、事件をより深く理解できます。

読み終えたときには、一つひとつの事件を「ニュース」としてではなく、「裁かなければならない現実」として受け止めている自分がいました。裁判員制度という仕組みを疑似体験できるノンフィクションとして非常に読み応えがあり、できることなら2026年版の裁判傍聴記も読んでみたいと思わせる一冊でした。