同意を得て横浜市と茨城県の女性2人を殺害したとして、承諾殺人などの罪に問われた無職の斎藤純被告(32)は、7月17日、さいたま地裁で懲役10年の判決を受けました。
● 頭の隅には人を殺したいという考え
判決によると、斎藤被告は2015年10月、横浜市の女性(当時22)の自宅で、本人の同意を得て睡眠薬を飲ませて眠らせた後、首を絞めるなどして殺害しました。さらに2018年1月には、さいたま市の自宅で茨城県の女性(当時21)を同様の手口で殺害しています。
判決では「承諾殺人の中でも最も悪質な部類に属する」と厳しく非難されました。その判決文が読み上げられる間も、斎藤被告は目を大きく見開き、裁判長をじっと見つめ続けていたといいます。
その後、7月27日には懲役10年とした一審判決を不服として控訴しました。検察側の求刑は懲役13年でした。
この事件が大きな注目を集めた理由の一つは、殺害した女性の頭蓋骨を自室に飾っていたことです。検察官から「なぜ部屋に骨を置いていたのですか」と問われると、「置くつもりはなかったのですが、きれいだと思って、とっさに判断しました」と答えています。
斎藤被告は子どものころから殺人願望を抱き、「頭の隅には人を殺したいという考えが常につきまとっていた」と供述しています。
犯行は周到に計画されており、2人の命が奪われた事件であることを考えると、懲役10年という量刑はあまりにも軽いという印象を受けます。その判決を不服として控訴した姿勢にも、私は強い違和感を覚えました。
● 遺体は自宅前のゴミ捨て場に
事件が明るみに出るきっかけとなったのは、窃盗事件の捜査でした。斎藤被告の自宅を家宅捜索した際、部屋の飾り棚から3個の頭蓋骨が見つかります。そのうちの1個が、約7年半前から行方不明になっていた宮本果歩さん(当時21)のものと判明しました。
埼玉県警は2025年6月16日、宮本さんを殺害した疑いで斎藤純容疑者(当時31)を逮捕しました。

斎藤被告は、「ロープで首を絞めて殺害した」「合意の上だった」「動機は純粋な殺意で、ほかに理由はない」「遺体は自宅前のゴミ捨て場に捨てた」と供述しています。
それにしても、自ら殺害した被害者の頭蓋骨を部屋に飾っていたという事実には驚かされます。大胆というより、常識では考えられない感覚だったと言わざるを得ません。
当時、斎藤被告は両親との3人暮らしでしたが、部屋のドアにつっかえ棒をするなどして、家族が入れないようにしていたとされています。
裁判では宮本さんの遺族が意見陳述を行いました。
母親は「幼いころから我慢強く、努力を惜しまない子でした」と娘を振り返る一方、次第に精神状態が不安定になり、勤務先の上司から「迎えに来てほしい」と連絡を受けたこともあったと語っています。
さらに、「もっと早く異変に気づけなかったのではないかと悔やんでいます。その後、自宅で就職活動を続け、3カ月後には『住み込みのアルバイトをする』と言って家を出ました。2018年1月、『行ってくるね』と言って出ていったのが最後の言葉でした」と証言しました。
LINEには「good」のスタンプが返ってきたものの、不安を感じて2時間後に娘の部屋へ行くと、部屋は以前よりきれいに片付いていました。日記を読んだ瞬間、「手遅れだった」と思い、全身が震えたと振り返っています。
● スマートフォンを盗む窃盗
これほど重大な事件でありながら、発覚のきっかけは窃盗容疑による家宅捜索でした。
斎藤被告は駅構内などで、歩行中の人のリュックの外ポケットからスマートフォンを盗む犯行を6件繰り返し、2025年5月に逮捕されています。その後の家宅捜索で宮本さんの頭蓋骨が見つかり、さらに別の女性の髪の毛も発見されました。
スマートフォンの窃盗だけを見ると、重大事件とは結び付かない小さな犯罪にも思えます。しかし、その背後には想像を超える事件が隠されていました。
当初、斎藤被告は窃盗について不可解な説明をしています。
6件の窃盗はいずれも駅構内で背後から近づき、リュックの外ポケットに入っているスマートフォンを抜き取る手口でした。捜査機関に対しては「学生時代から殺人の練習として背後から物を盗んでいた」と供述したため、今回の窃盗もその延長線上にあるとみられていました。
しかし、その後は供述を変更し、「学生時代の窃盗も殺人衝動とは無関係だった」と主張しています。以前の供述は混乱した記憶の中で話しただけであり、実際は単なる盗癖だったと弁明しました。
また、窃盗については「二度としないという保証はできないので、治療を受けたい」と話し、更生への意向も示しています。
● 自殺との先入観が生まれた
横浜市の女性A子さん(当時22)の死亡は、当初、自殺として扱われていました。父親は事件性を疑い続けましたが、神奈川県警は「総合的に判断した結果、自殺の可能性が高い」と結論づけていました。
しかし、その後の捜査で自殺ではなく殺人事件だったことが判明し、県警は遺族に謝罪しています。
神奈川県警によると、自殺と判断した大きな要因は、女性の体内から検出された薬の成分の違いを見落としていたことでした。
当時は遺体の状況や遺書の存在から「自殺」という先入観が生まれ、第三者の関与を前提とした捜査が十分に行われなかったと説明しています。
さらに、女性からは処方されていた睡眠薬とは異なる成分が検出されていましたが、捜査員に十分な知識がなく、その違いに気づけなかったことも認めています。
県警は再発防止策として、捜査員や検視官に対し、薬物検査の結果を適切に分析するとともに、自殺関与や承諾殺人の可能性も視野に入れた捜査を徹底するよう、繰り返し教育を行うとしています。
初動捜査に「自殺」という思い込みがあったことで、事件の解明が大幅に遅れたことは非常に残念です。先入観を持たずに捜査を進めることの重要性を改めて感じさせられます。
● まずはお友達が止めるべきじゃない?
斎藤被告は、どのような環境で育ち、このような事件を起こすに至ったのでしょうか。
『週刊文春』2025年7月3日号では、事件だけでなく斎藤被告の生い立ちについても詳しく報じられています。
記事によると、斎藤被告は東京都内の高校を卒業した後、フリーターとして職を転々としていました。長続きした仕事はほとんどなく、唯一、約2年間続いたのが地元の病院での清掃業務だったそうです。
親友は当時について、次のように証言しています。
「手術室の清掃を担当していました。血液を掃除する方法を覚えたり、肉片を処理したりする仕事でした。彼にとっては珍しく長く続いた職場でした」
一方で、斎藤被告は親しい友人にだけ、自身の殺人願望を打ち明けていました。
親友によると、「10代のころから『人を殺してみたい』『人を解体してみたい』と繰り返し話していました。最初は思春期特有の過激な発言だと思っていましたが、次第に本気ではないかと感じるようになりました」といいます。
さらに2017年冬、斎藤被告から「ターゲットが見つかったので、これから実行しようと思う」と連絡がありました。その後の捜査で、この時期に宮本さんと知り合っていたことが確認されています。
親友は危険を感じ、すぐに警察へ相談しました。
しかし返ってきた言葉は、「お友達なのでしょう。まずはお友達が止めるべきではありませんか」というものでした。
親友は「はっきりとした殺害予告ではありませんでしたし、警察も動けないのだろうと思い、そのまま電話を切りました」と振り返っています。
もちろん、曖昧な相談だけで警察が直ちに捜査へ踏み切ることは難しかったのでしょう。しかし、結果としてその後に事件が起きてしまったことを考えると、もう少し慎重な対応ができなかったのかという思いは残ります。
● 兄の命より宗教を優先した
『週刊文春』では、斎藤被告の家庭環境にも触れています。
記事によると、母方の祖父母と母親は「エホバの証人」の熱心な信者で、斎藤被告はいわゆる「宗教三世」として育ちました。
親友は、「純は子どものころからナイフや武器が好きでした。しかし家庭では『血を避けなさい』という教義が絶対だったため、そのことで葛藤していたようです」と語っています。
中学生になると、その葛藤が表面化したのか、同級生との金銭トラブルから口論になり、ナイフで首を刺す事件を起こしました。幸い命に別状はありませんでしたが、親友は「抑圧されていた好奇心が一気に噴き出したのかもしれません」と振り返っています。
さらに、斎藤被告が宗教への強い不信感を抱くきっかけとなった出来事も紹介されています。
兄がバイク事故で重傷を負い、命を落としたのです。
親友によると、兄は明るく友人も多く、バンド活動もしていた人気者で、斎藤被告にとって憧れの存在でした。
斎藤被告は兄の死について、「兄は脳が露出するほどの重傷だった。それでも教義によって輸血ができず、十分な治療を受けられなかった。輸血していれば助かったかもしれない。両親は兄の命より教義を優先した」と話していたとされています。
親友も、「純は『エホバのせいで兄が亡くなった』と何度も口にしていました。やり場のない怒りを抱えていたように見えました」と証言しています。
一方、この件について『週刊文春』の取材に対し、エホバの証人日本支部は「斎藤純氏はエホバの証人ではありません。また、ご家族について回答する立場にもありません。同氏の考え方や嗜好についても承知していません」とコメントしています。
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裁判長から論告前に「これまでの審理を踏まえて言いたいことはありますか」と尋ねられた斎藤被告は、「ありません」とだけ答えました。
しかし、最終意見陳述では、「自分の衝動を実現したいと思い、実際に2人を殺してしまいました。罪悪感について考え続けてきましたが、今でも答えは出ていません。これからも自分なりに向き合っていきたいと思います」と述べています。
その言葉が被害者や遺族の深い悲しみを癒やすことはありません。失われた命は二度と戻らず、遺族が背負う苦しみも消えることはありません。この事件は、承諾殺人という特殊な事件であると同時に、初動捜査や周囲の対応など、多くの課題を残した事件として記憶されるでしょう。
参照:《懲役は…》「罪悪感について考えてきたが解決していません」承諾殺人に異例の判決
「キレイと思って飾った」家族と住む自宅に殺害した女性(21)の頭蓋骨を…斎藤純の真意
女性2人承諾殺人、被告が控訴 懲役10年の地裁判決に不服
