埼玉県から青森県へ引っ越すと、当然ながら住所が変わりました。しかし、新しい住所の番地がなかなか覚えられず、「困ったなあ」と何度も思いました。引っ越しの手続きで市役所などへ行く機会が増え、自分の住所を書くたびに頭の中は大あわてです。

バッグの中に新住所を書いたメモを入れたり、スマホに保存したりすれば済む話です。それでも、よく使う住所くらいは記憶しておきたいと思いました。

新住所の番地は「6丁目8番地2」です。そこで、「ロバ2匹」と語呂合わせで覚えることにしました。我ながら、これで完璧だと思っていました。

ところが、ある日、妻と外出から帰ると宅配便の不在票が入っていました。

再配達を依頼しようと電話をかけると、住所を確認されました。自信満々に「6丁目8の3です」と答えたところ、隣で聞いていた妻がすかさず「6丁目8の2だよ!」と一言。慌てて電話をかけ直すことになりました。

どうやら、頭の中ではいつの間にかロバが1匹増えてしまっていたようです。

そこで考え直しました。今、青森の家に住んでいるのは私と妻の2人だけです。それなら、「ロバ2匹」は「2人暮らしの2」と結び付ければ忘れないだろうと思いました。さらに、「老馬2匹」とすればもっと印象に残るのでは、とも考えましたが、さすがに自分たちを老馬に見立てるのはイメージがよくありません。結局、「2人暮らし」と結び付けて覚える方法に落ち着き、ようやく番地を間違えなくなりました。

もうひとつ、以前から悩んでいたことがあります。それは、「エレベーター」と「エスカレーター」を、ときどき言い間違えてしまうことです。

武田砂鉄さんのエッセー集『べつに怒ってない』を読んでいると、まさに同じ悩みが書かれていました。

「もう四十年近く生きているのに、時折、『エレベーター』と『エスカレーター』が使い分けられなくなる。頭の中で『上下にグイーンって動いていくやつ』を『エスカレーター』とし、『階段が自動で動くやつ』を『エレベーター』としてしまう。これがなぜか、いつまでも直らない。どうしても直らない。(中略)

どうやったら、絶対に間違えなくなるのだろう、エレベーターとエスカレーター。」

この一節を読んで、「自分だけではなかった」と妙に安心すると同時に、大いに共感しました。

実は私も、この問題を解決するために自分なりの覚え方を考えました。

注目したのは、「エスカレーター」という言葉に含まれる「カレー」です。

もしエレベーターの中でカレーを食べたら、狭い空間に匂いが充満して大変なことになります。よほど度胸がある人でも、なかなかできないでしょう。

一方、エスカレーターなら屋内とはいえ開放的です。カレーを食べながら乗るのは現実にはおすすめできませんが、少なくともエレベーターの中よりは違和感がありません。

そんな少し無理のある理屈ですが、「カレーを食べられるのはエスカレーター」と結び付けて覚えるようにしたところ、不思議と間違えなくなりました。

どうやら私は、言葉を語呂合わせにしたり、映像や物語のようなイメージと結び付けたりすると記憶に残りやすいようです。

ところで、武田砂鉄さんのエッセー集『べつに怒ってない』は、時事問題や社会評論で見せる鋭い筆致とはひと味違います。本作では、日常の「どうでもいいこと」を徹底的に掘り下げ、その中に可笑しさや発見を見いだしています。軽快な文章で思わず笑いながらも、「たしかに、そんなことあるな」と考えさせられる一冊です。おすすめします。