「ザ・キラー」 2023年製作 フランス、アメリカ 原題:The Killer
デヴィッド・フィンチャー監督の映画『ザ・キラー』は、冷徹なプロでありながら、どこか泥臭く人間味ものぞかせる暗殺者の姿と、フィンチャー監督ならではの緻密に計算されたスタイリッシュな映像美が見事に融合した作品です。
冒頭のオープニングから強く引き込まれます。黒い手袋をはめた手が薬品を注射器に入れ、拳銃を整備し、ときには首を絞める。その一連の映像は、犯罪の世界を思わせる重苦しい空気に満ちており、暗く張り詰めた雰囲気が印象に残ります。
主人公を演じるマイケル・ファスベンダーは、自らが掲げる「ルール(教義)」や、その場で思い浮かんだ考えを何度も心の中で反芻しながら任務に臨みます。
「待つのがこれほど疲れるとは、退屈嫌いにはできない仕事だ」
「俺は特別ではない、ただ……独りなだけ」
「俺と出会わないのは幸運なことだ。運など存在しないが」
「すべては準備しだい。抜かりなく徹底して、無駄ははぶく」
こうした独白を繰り返す姿は、冷酷な殺し屋というより、決められた手順を忠実にこなす現代のビジネスパーソンのようにも映ります。そのギャップが、本作ならではの魅力です。
さらに、水を注いで飲む、道具を扱うといった何気ない所作にも一切の無駄がありません。ひとつひとつの動きが洗練されており、それだけで主人公の高い能力を感じさせます。
しかし、冒頭で予想外の失敗を犯したことをきっかけに、物語は世界各地を舞台にした追跡劇へと発展します。想定外の事態に見舞われながらも、冷静に状況を判断し、素早く行動する主人公の姿から目が離せません。
劇中では、二人の女性を追い詰める場面が描かれます。それぞれのやり取りが強く印象に残りました。
ひとりは、依頼人である弁護士の事務所で働く秘書です。彼女は涙ながらにこう訴えます。
「事故死に見せかけて欲しいの……不審死にしないで。子どもの生命保険を……」
それを聞いた主人公は、自分に言い聞かせるようにつぶやきます。
「感情移入はするな」
任務を遂行するため、自らの感情を押し殺そうとする姿が印象的です。
そして終盤のレストランでは、ベテランの女性暗殺者との対峙が描かれます。彼女は落ち着いた様子でこう語ります。
「食べて。シェフが見立てて出してくれるの。人気の料理よ、おいしいわ。私の最後の晩餐。付き合わないのは失礼よ」
命乞いをすることもなく、自らの運命を静かに受け入れる姿を見ていると、主人公が思いとどまるのではないかと期待してしまいます。
それでも主人公は、迷いを振り払うように任務を遂行しようとします。ほとんど表情を変えないまま、わずかな目の動きや立ち居振る舞いだけで、暗殺者の孤独や緊張感を見事に表現していました。派手な演出ではなく、静かな緊張感で魅せる、味わい深い作品です。
最後まで飽きることなく楽しめたため、ぜひ続編を制作してほしいと思いました。公開当時、デヴィッド・フィンチャー監督は続編について「絶対にないとは言えない(Never say never)」と語っており、可能性を完全には否定していません。
本作はフランスの同名コミックが原作です。原作には映画で描かれた後の物語をはじめ、多くのエピソードが残されているため、Netflixが制作に踏み切れば、続編の題材には困らないでしょう。今後の発表に期待したい作品です。
