「ガス人間第一号」 1960年製作 日本


Netflixのドラマ『ガス人間』を視聴する前に、その原作にあたる1960年公開の映画『ガス人間第一号』を鑑賞しました。本作は、『美女と液体人間』(1958年)、『電送人間』(1960年)に続く「変身人間シリーズ」の第3作です。

監督は『ゴジラ』(1954年)で知られる本多猪四郎、特技監督は円谷英二が務めています。SFサスペンスの緊張感と、切ないメロドラマが見事に融合した作品でした。

物語は、不可解な銀行強盗事件から始まります。逃走する車を刑事たちがパトカーで追跡しますが、車は谷底へ転落します。しかし、中には運転手の姿がありませんでした。事件の手がかりを求めて近くの家を訪ねると、そこは日本舞踊の家元・藤千代の住まいでした。

そこで目にしたのは、鬼の面をつけて舞うひとりの女性です。面が外れると、八千草薫演じる藤千代の美しい素顔が現れます。鬼の面から八千草薫の顔へと切り替わる演出は印象的で、冒頭から強く引き込まれました。

藤千代をひたむきに愛するのが、身体を自在にガス化できる特殊能力を持つ青年・水野(土屋嘉男)です。水野は、一度は落ちぶれた藤千代の芸を再び世に認めさせたいという一心で、その活動資金を得るために完全犯罪を繰り返していました。

ガス人間となった水野は、自分を捕まえられる者はいないと確信しています。その絶対的な自信を持つ存在に対し、警察がどのように立ち向かうのかが後半の大きな見どころです。

鑑賞前は、「1960年代の特撮だから、映像は古く、いかにもB級SFらしい作品なのだろう」という先入観を持っていました。しかし、その印象はすぐに覆されます。ガス化した身体で金庫のダイヤル錠をすり抜けたり、警察の包囲網を突破したりする場面は発想が豊かで、現在の視点から見ても十分に見ごたえがありました。

土屋嘉男が演じるガス人間は、冷静でどこか孤独を感じさせる表情が印象的です。その一方で、藤千代への激しい愛情と執着も繊細に表現しており、怪人でありながら悲劇の主人公として強い存在感を放っていました。

そして迎える結末は、ガス人間と藤千代の双方にとってあまりにも悲劇的です。しかし、その悲しみの中にはどこか幻想的な美しさもあり、観る者の心に深い余韻を残します。単なる特撮映画ではなく、悲恋を描いた人間ドラマとしても完成度の高い一本でした。