
国民民主党から国政進出を目指していた故・高橋茉莉さん(享年27)の実父である高橋勲氏(81)が、週刊文春の取材に応じ、その胸中を語りました。
勲氏は次のように述べています。
「茉莉は夢と希望を抱いて政治活動に励んでいました。しかし、国民民主党からはあっさりと切り捨てられました。もちろん、あの子に何の落ち度もなかったとは言いません。それでも、玉木代表に少しでも情けがあれば、茉莉が命を絶つことはなかったと私は確信しています。
今、娘の無念を晴らせるのは私しかいません。当時はさまざまな報道がありましたが、国民民主党の対応について十分に報じられることはありませんでした。娘が亡くなってから二年近くが経ち、ようやく気持ちも少しずつ落ち着いてきました。今回は、私が知る真相をお話ししたいと思います。」
● 六本木のラウンジで勤務を巡るSNS批判
さらに、勲氏は怒りをにじませながら次のように語ります。
「今日に至るまで、玉木氏から謝罪は一切ありません。一度は公認した候補者が自死したにもかかわらず、線香一本あげようともしない。その対応は国政政党の代表として、あまりにも不誠実ではないでしょうか。
どうか娘と妻を返してほしい。それがかなわないことは分かっています。それでも、そう願わずにはいられません。」
確かに、玉木雄一郎氏や国民民主党の対応には冷淡な印象を受けます。しかし、本当に重要なのは、公認を取り消すだけの理由が高橋茉莉さんにあったのかという点ではないでしょうか。
2024年2月、高橋茉莉さんは衆議院東京15区補欠選挙の国民民主党公認候補に決定しました。2月8日の記者会見では晴れやかな表情で、「若い力で政治の世界を変えたい」と意気込みを語っていました。
ところが、その直後からSNSでは、六本木のラウンジで勤務していた経歴などを巡る激しい批判が始まります。その後、国民民主党は2月25日に公認取り消しを発表しました。公認決定からわずか17日後のことです。そして約6か月後の9月4日、高橋茉莉さんは自ら命を絶ちました。
● 傷病手当金を受給しながら勤務
2026年6月24日、玉木氏は週刊文春が同日ウェブサイトで公開した国民民主党の公認取り消しに関する記事をめぐり、Xで説明を行いました。
その内容によると、公認取り消しの理由は、高橋さんがITコンサルティング企業に勤務していた当時、傷病手当金を受給しながらラウンジで勤務し、報酬を得ていた事実が判明したためだと説明しています。
玉木氏は、この行為は健康保険法違反に当たる可能性があり、法令違反の疑いが濃厚な人物を公認し続けることはできなかったと主張しました。また、仮に当選後にこの事実が判明した場合でも、議員を続けることは難しかっただろうとしています。
さらに、党としては当時から「法令違反の疑いがあるため」と説明しており、その後は弁護士を交えて経緯を調査し、勲氏にも調査報告書を渡すなど、可能な限り誠実に対応したとしています。
また、故人の名誉を考慮して詳細を公表してこなかったものの、今回の報道を受けて説明せざるを得なくなったことは遺憾であると結んでいます。
もし、この説明が事実であるならば、公認取り消しという判断自体は受け入れざるを得ないのではないでしょうか。もちろん、公認を決定する前に、より慎重な身辺調査を行うべきだったという指摘はあり得ます。
傷病手当金は、業務外の病気やけがによって働けない人の所得を保障する健康保険制度です。支給条件には「労務不能」であることが含まれており、その期間中にラウンジで勤務し報酬を受け取っていたのであれば、制度上問題が生じる可能性があります。
● 謝罪とともに3億円の慰謝料を求めた
一方、高橋茉莉さんは出馬会見後、「生活保護を受給しながらラウンジで働いていた」とSNSで拡散され、「不正受給だ」と批判を浴びました。当初は自身が受給していたと認めましたが、その後、受給していたのは家族だったと訂正しています。
この点について、勲氏は次のように説明しています。
「茉莉が受給していたのは傷病手当金です。生活保護を受給していたのは私でした。80歳を前に生活が苦しくなり、やむを得ず2023年10月から14か月間受給しました。茉莉は激しいバッシングで精神的に追い詰められていたため、自分が受給していたと誤って説明してしまったのでしょう。」
勲氏は、高橋茉莉さんの死から約1か月後の2024年10月5日、玉木氏宛てに通知書を送付しました。
その中では、「党及び玉木氏に茉莉は殺されたのだと今は思っています」と記し、謝罪とともに3億円の慰謝料を求めたとされています。
6日後には、榛葉賀津也(しんば かづや)幹事長名で回答が届き、竹詰仁参議院議員をトップとする調査委員会を設置することが伝えられました。
● いっそ私も二人の後を追おうかと
しかし、その約1か月後の11月10日、新たな悲劇が起こります。高橋茉莉さんの母親も後を追うように自死したのです。
勲氏は当時をこう振り返ります。
「妻は茉莉の死に大きな衝撃を受け、憔悴していました。以前から覚悟を決めていたのでしょう。ある頃から『出かけてくる』と言って一人で外出することが増えました。死ぬ場所を探していたのかもしれません。まさか娘だけでなく妻まで自殺するとは思いませんでした。」
勲氏は妻の葬儀と納骨を終え、自宅へ戻った時、一人になってしまった現実を痛感したといいます。
「この時だけは声を上げて泣きました。いっそ私も二人の後を追おうかと思ったこともあります。しかし、妻の遺書には『まりと私の分まで長生きしてください』と書かれていました。その言葉に励まされ、前を向かなければならないと思いました。」
今回の件については、「国民民主党や玉木氏と関わらなければ、二人は命を落とさずに済んだのではないか」と考える勲氏の気持ちは理解できます。
しかし、高橋茉莉さん自身が公認取り消しの理由について受け入れ、反論していなかったのであれば、一般論として国民民主党や玉木氏の対応そのものに法的・社会的責任を求めることは難しいようにも思えます。
また、勲氏が求めている3億円の慰謝料についても、認められる可能性は高くないでしょう。
一方で、勲氏が「調査委員会ではなく第三者委員会を設置すべきだった」と指摘している点には一定の説得力があります。党内の調査では、身内による検証という印象を与えかねず、公平性への疑念が残るためです。
これだけ大きな問題として報じられた以上、国民民主党としても、第三者による客観的な調査を実施した方が、結果的に疑念を払拭できた可能性があります。仮に何ら問題がなかったのであれば、外部の検証を受けることを避ける理由はなく、より透明性の高い対応が求められたのではないでしょうか。
参照:高橋茉莉さん実父の告白 第2弾「私が嘘をついていると言いたいのでしょうか?」
「玉木雄一郎さん、娘と妻を返して」自殺した女性候補・高橋茉莉さん(享年27)実父が告白