本橋信宏氏のノンフィクション作品『悪人志願 アウトロー群像』は、社会の表舞台から外れた15人の人生を描いた一冊です。アングラな世界に生きる人々の剥き出しの生命力や、綺麗事では割り切れない人間の本質に触れられる、読み応えのある作品でした。
舞台は1990年代末。昭和の熱気と平成不況の空気が入り混じる時代だからこそ成立した、人間の「業」が凝縮されています。ノンフィクションが好きな人なら、十分に満足できる内容です。
ただし、著者は『全裸監督』のモデルとなった村西とおる氏の周辺人物としても知られており、収録されたインタビューの半数近くは、アダルト業界や風俗業界に関わる人物です。その分野に興味がない人には、やや読みづらく感じるかもしれません。
本書に登場する15人のうち、半数ほどは著書や映像作品などで名前を知っていた人物でした。その中でも、特に印象に残った3人を紹介します。
・AV監督・村西とおる
村西とおる氏の半生を振り返ると、大きな成功が4度あります。英会話教材のセールスマン、ゲーム機会社の経営、裏本販売チェーンの会長、そしてAV監督です。
彼を成功へ導いた最大の武器は、「どんな人間でも三分逢えば一生忘れられないようにしてみせる」と語るほどの圧倒的な話術でした。
実際、村西監督の作品は、出演女優の容姿だけで評価されるものではありません。撮影中に女優へ投げかける言葉が抜群に面白く、それ自体が作品の魅力になっていました。本来とは異なる意味で「見応え」が生まれていたのです。
村西氏の話術を語るうえで欠かせないのが「応酬話法」です。営業や接客で使われる、相手の質問や断り文句に対して自然に切り返し、納得を引き出す会話術です。
もちろん、それだけで成功したわけではありません。持って生まれた天性の話術に応酬話法が組み合わさることで、唯一無二のコミュニケーション術を築き上げたのだと思います。
この応酬話法について本橋氏と語り合う場面は、本書でも特に印象的でした。
・サラ金取り立て人・臓器密売人 杉山治夫
杉山治夫は、次から次へと強烈なエピソードを繰り出し、相手を煙に巻くように話します。その語り口は、映画に登場するヤクザの親分のようです。
本橋氏と同行していた三才ブックスの諏訪青年を相手に、杉山は次のように語ります。
(以下、本書より抜粋)
「ところで臓器売買の話やね。あんた、月に何回エキス抜くんや?」
(そうですねぇ。月に20回ぐらいですかね、と諏訪青年)
あんたまだ若いから十回に止めておくのがええ。わしみたいに飲み屋で一億使ったり、いい女に一千万円もカネやる余裕ないやろ。わしのように現金何億持ち歩いたり、一度でもいいからわしのようになってみたいと思うやろ。
脳がいちばんよく働く状態に持っていくにはそんなに太っていてはだめや。超えた男はだめ、相撲取りくらいや太ってええのは。腎臓抜いたら、月に二十回エキス抜いてたのが半分に減るからちょうどええんや、それに体も痩せるしのう。
あんた血液型何型や?B型か、うん、ラッキーやなあ。いまB型の腎臓足りないんや。高く売れるっちゅうもんや。」
このやり取りは、脅しのような内容であるにもかかわらず、不思議な迫力と話芸を感じさせ圧倒されます。
気になって杉山のその後を調べてみると、2002年に詐欺罪で逮捕され、懲役7年6か月の実刑判決を受けていました。そして服役中の2009年、71歳で病死しています。『実話ナックルズ』2014年3月号によると、服役中にがんが見つかり、そのまま獄中で亡くなったそうです。
・SMクラブの女王様 七海玲央
七海玲央の人生は、まるでジェットコースターのようです。
中学卒業後はコンビニなどでアルバイトをし、17歳で結婚。しかし夫は仕事が長続きせず、けんかの絶えない生活となり、18歳で離婚します。
その後は風俗業界へ入り、本サロンやピンサロ、逆夜這い店、痴女ヘルスなどを転々とし、最終的に大久保の「パレオ」で働きます。そこで出会った店員が二人目の夫となりました。
今度こそ幸せな家庭を築こうと風俗を辞め、専業主婦として暮らし始めます。しかし夫の勤め先が倒産し、再び生活は苦しくなります。
そんなとき友人の紹介で、夫は五反田のSMクラブで働き始めました。
その店は都内でも有数のチェーン店で、経営者は慶應義塾大学経済学部卒の若き実業家でした。優秀な店長をそろえ、多くの人気SM嬢を抱える業界の成功者だったといいます。
ところが、その後に起きた出来事は衝撃的でした。
玲央は夫から「話がある」と切り出されます。B型肝炎で入院した経験から、夫の浮気を告白されるのだと思っていた彼女に返ってきた言葉は、
「人、殺した」という一言でした。
玲央は後に「あ、浮気じゃなかったんだ、とそのときはほっとした」と振り返っています。この感覚は一般人には理解しがたいものですが、それほどまでに彼女の人生は常識とは異なる世界にあったのでしょう。
この事件は「SMクラブ下克上殺人事件」として大きく報じられました。
五反田のSMクラブを経営していた慶應義塾大学卒の経営者が失踪し、警察は殺人事件として捜査を開始します。
翌年に逮捕されたのは、陸田真志ら従業員でした。待遇への不満から店を乗っ取る計画を立て、経営者と店長を殺害。その後、自ら経営者となり、1億円以上を売り上げたとされています。
裁判では主犯の真志に死刑判決が確定しました。獄中で哲学に傾倒し、更生を語るようになったものの、2008年に死刑が執行されています。
本橋氏は、この事件について複数の報道機関から取材を受けたそうです。しかし、慶應出身の経営者を羽交い締めにした従業員が、インタビューした玲央の夫だったことは、その時点では知らなかったといいます。
ところで、『悪人志願』というタイトルは過去にも使われています。
江戸川乱歩の『悪人志願』は、創作だけでなくエッセーも一冊にまとめようとして1929年に刊行された作品です。また、梶山季之も1975年に同名小説を発表しています。さらに、1960年には田村孟・成田孝雄脚本による映画『悪人志願』も公開されました。
本橋氏の『悪人志願』もまた、人間の善悪を単純に割り切れない世界を描いた作品であり、このタイトルにふさわしい内容だったと感じました。
