本橋信宏氏の『ベストセラー伝説』を読みました。

本書は、昭和の出版黄金期を支えた数々のヒット作の舞台裏を取材によって明らかにしたノンフィクション作品です。緻密なデータ分析で成功要因を解き明かすのではなく、編集者や著者たちの情熱、そして型破りな行動力が生き生きと描かれており、強く心を動かされました。

本橋信宏氏といえば、Netflixドラマ『全裸監督』の原作となったノンフィクション『全裸監督 村西とおる伝』で知られています。

私には、本橋氏はアンダーグラウンドな世界の人物を描く作家という印象がありました。そのため、『ベストセラー伝説』のような出版業界を題材にした作品を手がけていたことに少し意外さを感じました。

本書は全8章で構成されています。たとえば第1章では漫画雑誌が取り上げられ、「冒険王」「少年」「少年ブック」「漫画王」といった雑誌名が次々に登場します。その名前を目にしただけで、懐かしい気持ちが込み上げてきました。

しかし、人はなぜ懐かしさに心地よさを覚えるのでしょうか。楽しかった記憶をたどることで、自分の人生を肯定できる感覚が生まれるからなのか、それとも過去とのつながりを感じて安心できるからなのか。そんなことを考えさせられました。

本書には、ほかにも興味深いエピソードが数多く収録されています。

・『科学』と『学習』(学研)
『科学』の付録である鉱物セットを実現するため、編集者自ら鉱山へ足を運び、直接交渉したという執念深いエピソードが紹介されています。また、書店を介さず、学校の教室で児童に直接販売するという強力な流通システムを築き上げた経緯も語られています。

これは本書とは別の話ですが、最近こんなニュースがありました。

1946年に創刊された『学研の学習』は、ふろく付きの総合学習誌として多くの子どもたちに親しまれてきました。その『学研の学習』が16年ぶりに復刊されるそうです。2026年4月28日から『学研の学習 はにわの大国宝展』(2026年7月9日発売予定)の予約受付が始まっています。

・『平凡パンチ』『週刊プレイボーイ』
当時の高校生や大学生たちは、毎週発売される『平凡パンチ』や『週刊プレイボーイ』のグラビアを開き、「今週は誰が登場しているのか」と胸を高鳴らせながら見ていたのでしょう。インターネットも携帯電話もない時代、それは若者たちにとっての楽しい刺激でした。

若者向け男性誌の市場には、1974年に小学館の『GORO』、1982年には講談社グループの『スコラ』が参入し、1970〜80年代には各誌が競うようにヌードグラビアを掲載するようになりました。

現在のようにグラビアアイドルという存在が一般化していなかった時代、編集部はどのようにして一般女性を説得し、撮影に協力してもらっていたのか。本書では、スカウト担当者たちの過酷な仕事ぶりがユーモアを交えながらリアルに描かれています。

・『ノストラダムスの大予言』(五島勉)
「1999年7月、空から恐怖の大王が降ってきて世界は滅亡する」という衝撃的な予言を収めたこの新書は、1973年秋に発売されました。

本書によれば、『ノストラダムスの大予言』の売れ行きは凄まじく、全国の書店から注文の電話が殺到したものの、重版が追いつかなかったそうです。さらにオイルショックの影響で用紙の確保も難しくなり、販売担当者が謝罪しながら涙を流していたという逸話まで紹介されています。

日本中を恐怖と熱狂に巻き込み、一大ブームを生み出した著者が、その後どのような思いを抱いていたのか。本書では、その率直な心境にも触れられています。

・『試験にでる英単語』(通称・でる単)
コンピューターが存在しない時代、入試問題を一つひとつ手作業で分析し、頻出単語を抽出したという気の遠くなるような作業の過程が描かれています。

データ分析やAI活用が当たり前になった現代だからこそ、関係者たちの経験や勘、そして強い思い入れによって数百万部のベストセラーが生み出された事実は、とても新鮮に映りました。そこには単なる出版の成功談ではなく、人間の情熱が生み出したドラマとしての面白さがあります。

本書で取り上げられた作品はごく一部にすぎません。昭和の出版界には、まだ語られていないベストセラー誕生秘話が数多く眠っているはずです。ぜひ続編を刊行してほしいと思いました。