本は読めば読むほどよいものなのだろうか――。私は長年、そのことに疑問を抱いてきました。本をよく読む人の中にも性格的に苦手だと感じる人はいますし、反対に、ほとんど本を読まなくても成功している人や、人間的な器が大きく尊敬できる人もいます。
とはいえ、読書の効果についてはさまざまなことがいわれています。
・多くの言葉に触れることで表現力が豊かになり、読解力も鍛えられる。
・物事の因果関係を追ったり、多角的な視点を得たりすることで、思考力や発想力が高まる。
・イギリスのサセックス大学の研究では、わずか6分間の読書でストレスが約70%軽減されたという結果が報告されている。
・物語や情報に没頭することで心拍数が落ち着き、気分転換につながる。
・小説などを通じて登場人物の感情や背景を追体験することで、他者への共感力やコミュニケーション能力が育まれる。
これらの説明は理解できないわけではありません。しかし、たとえば「6分間の読書でストレスが約70%軽減される」という話には疑問も残ります。強いストレスを感じているときには、そもそも本を読む気になれないこともあるでしょう。また、ストレス軽減の効果には個人差があるはずです。どのような人を対象に、どのような環境で、どのような方法で測定した結果なのかも気になります。
● 読書は、他人に考えてもらうこと
そんな疑問を抱いていたときに出合ったのが、池上彰著『ぼくはこんなふうに本を読んできた』です。この本の中で池上氏は、ショウペンハウエルの読書論を紹介しています。
池上氏は大学生の頃、岩波文庫の『読書について 他二篇』を手に取りました。タイトルから、読書の重要性を説く内容だろうと考え、読み始めたそうです。ところが、読み進めるうちに予想とはまったく異なる記述に出合います。
その一節を引用します。
「読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反射的にたどるにすぎない。習字の練習をする生徒が、先生の鉛筆書きの線をペンでたどるようなものである。だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。自分で思索する仕事をやめて読書に移る時、ほっとした気持になるのも、そのためである。
だが読書にいそしむかぎり、実は我々の頭は他人の思想の運動場にすぎない。そのため、時にはぼんやりと時間をつぶすことがあっても、ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間は、しだいに自分でものを考える力を失って行く」
読書は知識を得るための行為である一方、他人の思考をなぞる行為でもある――。この指摘は、私にとって非常に新鮮でした。
● 反知性主義というアメリカの伝統
本書では、読書と関連づけながら、なぜドナルド・トランプ氏が二度もアメリカ大統領選で勝利できたのかについても説明されています。
この点も私にとって長らく不思議なテーマでした。差別的と受け取られる発言や、対立する人物やメディアへの過激な言葉遣いなどから、大統領としてふさわしくないと批判されてきた人物だからです。
池上氏は、その背景としてアメリカに根付く「反知性主義」に触れています。
「実は、アメリカには反知性主義といわれる伝統があるのです。知性主義は、たくさんの本を読んでいろいろなことをよく知った上で行動することを良しとしますが、この種の知性に反感を持つ人がアメリカには大勢います。トランプ氏がまさにこのタイプであり、トランプ氏の支持者の中にも反知性主義の人が多かったように思います。
トランプ氏は本を読まないことで有名です。なんと自伝さえ読んでいないとか。トランプ氏が書いたとされる自伝が刊行されているのに、トランプ氏はこれを読んでいないそうです。つまり、自分の成功体験や考え方などを話して、それをプロの作家が本人が書いたようにまとめたということです。」
読書を重視する知性主義だけが社会を動かしているわけではない――。そうした視点から政治や社会を見ると、これまで理解できなかった現象も別の角度から見えてきます。
結局のところ、『ぼくはこんなふうに本を読んできた』で池上氏が伝えたかったのは、「好奇心を持ち、生涯にわたって学び続けるための読書」の大切さなのだと思います。ただ本を読めばよいという単純な話ではなく、読書の意義や限界についても多面的に論じられているため、読書そのものを見つめ直すきっかけになりました。
個人的には、池上氏がおすすめする本を一覧で紹介してほしかったとも感じます。解説はなくても構いません。タイトルだけでも300冊ほど並んでいれば、それだけで次に読む本を探す楽しみが広がったのではないでしょうか。
