ある60代の女性が、「入れ歯を飲み込んだ」と訴えて救急搬送されたそうです。しかし、レントゲン検査では異常が見つからず、担当医は精神疾患の既往歴から「妄想による訴え」と判断して帰宅させました。ところが、その5日後に女性は亡くなってしまいます。
詳しい経緯は後述しますが、異物の誤飲は命に関わる危険な事故です。
● 速やかに医療機関を受診する
異物を飲み込んでしまった場合は、自己判断で吐かせたり水を飲ませたりせず、速やかに医療機関を受診することが推奨されています。緊急性が高い場合や対応に迷う場合は、119番通報や救急安心センター(#7119)、日本中毒情報センターなどの専門機関に相談することも重要です。
誤飲は子どもに多い事故として知られていますが、実際にはさまざまな危険事例が報告されています。
・ボタン電池
食道にとどまると電流が発生し、短時間で食道に穴が開くなどの重篤な障害を引き起こします。
・棒付きキャンディー
口にくわえたまま転倒したり横になったりした際に、棒ごと喉の奥へ入り込んでしまうことがあります。
・水で膨らむボール
吸水性ポリマー製の玩具を飲み込むと、体内で水分を吸収して大きくなり、腸閉塞を起こす危険があります。
どれも想像するだけで恐ろしい話ですが、実際に起こり得る事故であり、十分な注意が必要です。
さて、冒頭で紹介した「入れ歯を飲み込んだ女性」は、なぜ死亡してしまったのでしょうか。法医解剖の結果、喉の奥から発見されたのは、樹脂製のためレントゲンでは確認しづらかった総入れ歯でした。
● 義歯(入れ歯)の誤飲
ある朝、60代の女性が「朝食中にパイナップルと一緒に上下の総入れ歯を飲み込んでしまった」と訴え、救急搬送されました。義歯の誤飲は部分入れ歯だけでなく総入れ歯でも起こり、高齢者では決して珍しい事故ではないそうです。
夫がすぐに救急車を呼び、救急隊員によって上の入れ歯は現場で無事に取り出されました。しかし、下の入れ歯は見つかりませんでした。
病院では問診後に喉や胸部のレントゲン撮影が行われましたが、異常は確認されませんでした。胃まで落ちている可能性を考えて腹部も撮影しましたが、結果は同じでした。
さらにカルテを確認すると、女性には精神疾患の既往歴がありました。そのため担当医は、「精神疾患に伴う妄想ではないか」と考えたようです。医師はカルテに「妄想」と記載し、口腔内や喉の詳細な確認を行わないまま診察を終え、女性を帰宅させました。
ところが翌日から体調が悪化します。
女性は激しい嘔吐を繰り返し、固形物を食べるたびに吐いてしまう状態になりました。ストローでジュースや牛乳を飲むのがやっとだったといいます。症状は翌々日も続き、近所のかかりつけ医を受診しました。しかし、「感染性胃腸炎ではないか」と診断され、点滴と薬を処方されて帰宅しました。
さらに翌日になっても改善しなかったため再び受診したところ、今度は「原因が分からないため入院が必要」と判断され、大病院への紹介状が渡されます。
しかし、女性は帰宅途中に倒れ、その時点で心肺停止状態となっていました。
搬送先の病院で気管挿管を行おうとした研修医が喉頭鏡で喉の奥を確認したところ、U字型の下の入れ歯が食道入口部にはまり込んでいるのを発見します。研修医はマギール鉗子で直ちに摘出しましたが、女性は翌日に死亡しました。最初に救急搬送されてから、わずか5日後のことでした。
● 検査で発見しにくかった理由
入れ歯が喉の奥にはまっていたため、食べ物は正常に通過できない状態でした。
それにもかかわらず飲食を続けた結果、局所の感染が悪化して肺にまで広がった可能性があります。また、飲食物が隙間から気管へ入り込み、誤嚥性肺炎を引き起こした可能性も指摘されています。
では、なぜ最初の検査で発見できなかったのでしょうか。
総入れ歯は樹脂製のためX線を通しやすく、レントゲンには写りにくい特徴があります。さらに、喉の後方には頸椎があるため、仮に写っていたとしても骨と重なり、判別が難しかったと考えられています。
加えて、女性には甲状腺の腫大があり、精神疾患の既往歴もありました。そして何より、医師の先入観が診断に影響したことが大きな要因だったとされています。
もちろん発見が容易な症例だったとは言えません。しかし、最初の診察時に喉の奥まで丁寧に観察していれば、入れ歯は目視できる位置にあった可能性が高かったそうです。
また、医師が診療放射線技師に対して「入れ歯を誤飲した可能性がある」という重要な情報を伝えていなかった点も問題視されています。もし事情が共有されていれば、正面像だけでなく側面像を追加したり、より詳細なCT検査を提案したりすることで、発見につながった可能性がありました。
レントゲン検査は万能ではなく、すべての異物を映し出せるわけではありません。
この事例は誤飲の危険性を示すと同時に、先入観にとらわれず丁寧な診察と情報共有を行うことの重要性を教えてくれます。
参照:「入れ歯を飲み込んだ」と訴えた女性が5日後死亡…解剖で判明した“見落とされた原因”
