「ブルーボーイ事件」 2025年製作 日本

飯塚花笑(いいづか かしょう)監督の映画『ブルーボーイ事件』は、1960年代に実際に起きた「性別適合手術の合法性を問う裁判」を題材に、トランスジェンダーの人々が置かれた過酷な現実と、「幸せとは何か」という普遍的なテーマを真正面から描いた作品です。

この映画は、映画評論家の町山智浩がラジオで取り上げていたことで知りました。ただ、同じくタレント・はるな愛の半生を通してトランスジェンダーの問題を描いたNetflix映画『This is I』をすでに観ていたため、内容が重なるのではないかと思い、しばらく視聴を見送っていました。

「10分だけ観て、退屈だったり堅苦しかったりしたら止めよう」と軽い気持ちで再生したのですが、気づけばすっかり物語に引き込まれていました。

冒頭では、日活のマークが映し出されます。その演出が、1960年代の映画で使われていた放射状の光が回転する映像と効果音になっていて、一気に昭和の世界へ引き込まれます。

舞台は1965年。オリンピック景気に沸く東京では、街の浄化を掲げる警察がセックスワーカーたちを厳しく取り締まっていました。しかし、ブルーボーイと呼ばれる、性別適合手術[*当時の呼称は性転換手術]を受けて身体的特徴を女性に近づけた人々の存在が、警察を悩ませていました。

警察の取り調べで、ブルーボーイのひとりがこう語ります。

「そりゃ骨折り損でお気の毒ですもの。法律上は男ですから、売春防止法じゃ捕まえられませんものねえ」
そう言って警察を笑い飛ばします。

そこで警察が目をつけたのが、性別適合手術でした。生殖能力を失わせる手術は「優生保護法」に違反するとして、ブルーボーイたちに手術を行っていた医師・赤城を逮捕し、裁判にかけます。

映画では裁判の行方と並行して、証人として法廷に立つブルーボーイ・サチの生き方と、社会との軋轢が描かれます。サチは東京の喫茶店で働きながら、生きづらさを抱えて暮らしています。それでも恋人と支え合い、苦しみを抱えながら未来を切り開こうとする姿が、観る者の心を強く打ちます。

法廷で弁護人から、
「手術を終えて、どのように感じましたか? 例えば満たされたとか、ホッとしたとか」
と尋ねられたサチは、
「何も……感じませんでした」
と答えます。

さらに弁護人が、
「しかし、あなたは女性の身体になるために手術を受けたのですよね。男性の身体である苦しみは改善されたのではないですか?」
と問いかけると、サチは静かにこう語ります。

「もしかしたら、私はその時、手術したことを後悔していたのかもしれません」
「それはどういう意味ですか」
「私はずっと、誰かに女性として認めてもらいたかっただけなのかもしれません。女性になれば、女性としての居場所が見つかると信じていました」

「それは違ったと」
「違いました。手術をして、男の姿で生まれてきた女が、女の形をした男になってしまっただけで、私に女性としての居場所はどこにもなかったんです」

この場面では、男性器を切除しただけでは社会から女性として認められず、苦しみが消えなかった現実が語られます。自分では女性だと思っていても、検事や週刊誌の記者、世間の人々は誰も女性として扱ってくれない。その痛切な思いが胸に迫り、非常に切ない気持ちにさせられます。

本作は、トランスジェンダー男性としてのアイデンティティを持つ飯塚監督が、綿密なリサーチを重ねて制作した作品です。歴史の闇に埋もれかけていた当事者たちの声を現代に伝えようとする強い意志が感じられます。今回の製作においては、最初から主演は当事者の俳優でキャスティングを進めたい、むしろそれをやらなくてはだめだという強い思いがあったとのことです。

弱い立場の人々に寄り添い、封建的な社会と真摯に向き合おうとする姿勢に深く心を動かされました。非常に見応えのある良作だと思います。