江戸川乱歩の短編小説『芋虫』をモチーフにした若松孝二監督の映画『キャタピラー』(2010)は、公開前からとても楽しみにしていた作品でした。戦地で四肢を失い、「軍神」として帰還した夫と、その介護に追われる妻との愛憎を通して、戦争の狂気と人間性を描いた反戦ドラマです。

しかし、期待が大きすぎたせいか、自分が思い描いていた作品のイメージとは大きく異なっていました。そのため、当時は感想を書く気になれませんでした。



監督は『キャタピラー』を制作した理由について、次のように語っています。

前作『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を撮影していた時、「権力と闘うため、深い雪の中を黙々と歩き続ける若者たちは、なぜここまで過酷な訓練に耐えているのだろう」と考えたそうです。

そして、その背景には、彼らの親世代が経験した戦争の愚かさや、その記憶を忘れ、経済発展だけを追い求める当時の日本社会への怒りがあったのではないかと思い至ったといいます。

だからこそ、その戦争の愚かさを描く映画を作ろうと考えたそうです。日本の歴史を見つめるという意味では、『キャタピラー』は前作より先に撮るべき作品だったのかもしれません。

ぼくは若松孝二監督の作品を、ピンク映画時代のものも含めてかなり観てきました。しかし、正直なところ、強く惹かれた作品はあまりありません。結局、自分とは根本的に感性が合わない監督なのだろうと思っています。

ただし、インタビューなどで語る監督の言葉には、心に残るものがあります。映画そのものより、監督本人のほうが魅力的に感じられる人物でした。

ところで、今年4月に亡くなった“ゲージツ家”こと篠原勝之さんの短編集『骨風』を読んでいたところ、『キャタピラー』の話が出てきて驚きました。まったく予想していなかったエッセイや小説の中に、自分が過去に観た映画の名前が現れると、妙に嬉しくなるものです。

収録作「花喰い」には、「ワカマッさん」という名前で若松孝二監督が登場します。
ある日、クマさんの携帯にワカマッさんから電話がかかってきます。
「かるーく一杯やるか。高円寺で待ってるよ」

高円寺の焼き鳥屋で、監督は自身の病気について語ります。
「脳梗塞をやって、体の縦半分から神経が消えちまったんだ」

本当に体の半分の感覚が失われ、男性器も同じ状態なのだといいます。もう性行為はできない。それでも監督は前向きにこう語ります。

「オヂンチンが勃たなくなって、はじめて見えなかったものが見えてきたんだよ。これからが本番だ」

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クマさんも出演した『キャタピラー』は、ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞するなど、公開前から大きな注目を集めていました。

上映後には観客との質疑応答も行われ、客席に回されたマイクを通して、ある婦人が真面目な口調でこう話したそうです。
「娘たちも観たがっているのですが、親としては少し観せにくいんです」

すると監督は毅然とした態度で答えます。
「アンタは観なくてもいい。でも娘さんたちには、ぜひ観せてあげなさい。映画を観て、自分で考える機会を奪っちゃいけない」

その言葉に、会場から大きな拍手が起こったといいます。

『花喰い』に描かれるワカマッさんは、篠原さんの筆力もあって、非常に印象的な人物として描かれています。一方で、監督の深刻な体調不良も生々しく描写されています。

夜になると激しく咳き込み、口に押し当てたタオル越しに、くぐもった咳が漏れる。
『ガホッ、ガホッ、ガホッ……』
枕元にはティッシュが散乱し、そのいくつかは血に染まっていたといいます。

そこまで体を酷使しながら撮っていた作品が『キャタピラー』だったのだと思うと、今あらためて見返せば、当時とは違う感想が湧いてくるのかもしれません。

参照:映画「キャタピラー」スペシャルインタビュー|撮影実績・作品紹介