芸術家でタレントとしても活躍し、エッセイ『人生はデーヤモンド』で一世を風靡し、“ゲージツ家”を自称していた「KUMA」こと篠原勝之さんが、肺炎で亡くなったことが分かりました。84歳でした。

ぼくにとって篠原勝之さんは、まず前衛的な漫画家(イラストレーター)という印象が強くあります。唐十郎が原作を手がけ、篠原さんが漫画を担当した『糸姫』は、とても面白く読んだ記憶があります。その後も新作の漫画を期待して待っていましたが、ついに叶わず、残念に感じています。

やがてエッセイ『人生はデーヤモンド』を読み、今度はその文章の面白さと楽しさに強く引き込まれました。人柄がにじみ出る、魅力的な文章でした。たとえば、自身の住まいと生き方について次のように記しています。

「西洋人が見たら完全に”ウサギ小屋”といって笑いだすような小屋で、もっとも日本人の友人も、”芝居の舞台装置のようだ”と笑ったのだが(おれも”そのとおりだ”と思って笑ってしまった)。かまわずずぅーっと住んでいた。

そんな小さな空間でも、芸術家のおれは、朝、顔を洗い、米を研ぎ、メシを食い、キモノを洗ってキンタマを洗うという「男の基本」を行い、絵を描いていた。

この「基本」は、男の自律生活には不可欠の要素で、他社にまかせてはならないものだ。」

また、金銭観についても率直に語っています。

「おれは基本的に金がなければ、食わなければいいという”先天性楽天症”なので、金についての不安というものがない。

おれはキャッシュ・レス時代の児、”キャッシュ・レス”なのだ。
かといって貯金もないのである。あればあったでいいのだが、ふだんはなくても不自由はなく、よっぽど高価な機材が欲しくなって借金でも足りない時は、その分だけそのためにどんな仕事でもする。

おれのような自律人間が、毎日会社に行くなんてことは、とんでもないことなのだ。」



その後、バラエティ番組『笑っていいとも!』に出演しているのを見て驚きました。篠原さんには、「大衆的なテレビ番組には出ない孤高の人」という印象を勝手に抱いていたからです。着物姿でスキンヘッド、喧嘩が強いという話も聞いていましたが、実際には独特の雰囲気を持ち、穏やかで温かみのある人に見えました。



公式インスタグラムでは、亡くなる日の朝に口頭で託したという「皆さまへのメッセージ」が公表されました。

篠原さんは

「ついにね、オサラバの時がきちゃったよ。
いろいろ、みんなに親切にしてもらってありがとう。
いっぱい感謝して、旅にいきます。
アバヨ」

と、感謝の言葉を残しています。

参照:ゲージツ家のクマさん・篠原勝之さん、死去 84歳 亡くなる日の朝にメッセージ