生島ヒロシといえば、四角い顔に黒縁メガネ、短髪で流暢に語る司会者というイメージです。久米宏や古舘伊知郎と比べると、ぼくの中では存在感が薄い人物でした。コンプライアンス違反で番組を降板したというニュースも耳にしていました。
「存在価値がゼロになったような気がした」と語っていますが、今回、1年2か月の自粛期間を経て、4月から文化放送でパーソナリティーを務めるそうです。
生島ヒロシは75歳ですが、トラブルでマスコミから退いていた人物を起用しなければならないほど、文化放送には人材が不足しているのでしょうか。生島自身も、そろそろ仕事を離れて自分の時間を過ごしてよい時期に思えます。しかし本人は「本当にうれしかった。人間は希望があると生きる力が湧く」と話しています。
復帰を迷惑に感じる関係者もいるかもしれませんが、この1年あまり生島は仕事から離れ、世間との接触も減っていました。そのため、以前と同じようにパフォーマンスを発揮できるかは本人にもわからないといいます。長時間話せば喉への負担も大きく、ボイストレーニングもやり直すつもりとのことで、意欲は十分です。
ところで、生島ヒロシは何が原因でラジオ降板に至ったのでしょうか。
突然の降板のきっかけは、「外国人の友人から送られた卑猥な画像を、スタッフも閲覧できるファイルに保存してしまったこと」だと関係者は証言しています。ただし、これは最後の一押しにすぎなかったようです。
周囲に対する度重なる暴言やセクハラメールに、スタッフの不満は以前から限界に近づいていました。あるバラエティー番組関係者は次のように語っています。
「生島さんは態度が大きいことで知られ、いつもあの調子で豪快に笑い、気に留めません。セクハラも本人は冗談のつもりです。かつての人気者がいつの間にか裸の王様となり、足元をすくわれた典型例だと思います」
生島は1998年から担当していたTBSラジオ「生島ヒロシのおはよう定食/一直線」を、昨年1月の放送を最後に降板しました。放送7000回を迎える直前のことでした。
生島は「これまで経験したことのないショックでした。呼吸が乱れるような感覚があり、自分の中で何かが一気に崩れ落ちた」と振り返ります。妻と夜道を歩いた際にふと漏らした「まるで犯罪者みたいだね」という言葉は、今も胸に残っているそうです。
その後はボランティア活動に参加し、反省の日々を送る中で、コンプライアンスも一から学び直しました。この自粛期間で得た学びが、新しいラジオ番組でのスタッフへの対応を含め、どこまで生かされるのかが問われます。
参照:生島ヒロシ、活動再開へ 4月から文化放送でパーソナリティーに 1年2ヶ月の自粛期間
生島ヒロシ降板騒動は起こるべくして起きた!コンプラ違反が当たり前 ヤバイ言動の数々
