「ひゃくえむ。」 2025年製作 日本
岩井澤健治監督のアニメーション映画『ひゃくえむ。』は、100メートル走に人生のすべてを懸ける天才少年・トガシと、努力型のランナー・小宮の青春を描いた作品です。随所に挿入されるセリフが妙に哲学的で、観ているこちらの心にも引っかかります。
主人公のトガシは、どこにでもいそうな普通の小学生ですが、走ることだけは群を抜いており、すでに全国トップの実力を持っています。
ある日、学校帰りに走っていたトガシは、目の前で転び、苦しそうに咳き込む同年代の少年に出会います。
「大丈夫?」
そう声をかけると、少年は息を整えながら「大丈夫」と答えます。しかしトガシは、「なんか死にそうな感じするけど」と食い下がります。
「大丈夫じゃないだろ、酸欠だよ」
少年は「いつものことだから。ありがとう」と言い残し、その場を去っていきます。その少年こそが、後日、先生の紹介で転校してくる小宮でした。
別の日、トガシが自宅の窓から外を眺めていると、小宮が黙々と走っている姿が見えます。気になったトガシは、思わず後を追います。
「走るの好きなの?」
そう尋ねると、小宮は意外にも「辛い」と答えます。
「じゃあ、なんで走ってるの?」
「ぼやけるから」
「ぼやける……何が?」
「現実。気が紛れるんです。現実より辛いことをすると」
それを聞いたトガシは、「そんな理由で走るなんて、なんか勿体なくない?」と問いかけます。
すると小宮は、少し間を置いてこう語ります。
「僕、何もないから。人とうまく話せないし、問題の解決方法もわからない。だから逃げられればいい。その場しのぎでも……走るだけじゃ何も解決しないって分かっているけど」
その言葉に、トガシははっきりと反論します。
「それは違うよ、小宮君。ただ走るだけじゃ何も解決しないかもしれない。でも、俺は知っているんだ」
「何を?」
「この世界には、すごく簡単なルールがあるんだ。たいていのことは、100メートルを誰よりも速く走れば全部解決する」
人より抜きん出た才能さえあれば、人生のさまざまな問題は消えていく――トガシは、そんな潔い考え方を示します。
もちろん、「人生はそんなに単純ではない」と反論することもできます。ただ現実には、突出した才能を持つ人間に対しては、多くの称賛が集まり、多少の欠点には目をつぶられるという側面も確かに存在します。
本作では、「走る」という行為に意味を与える言葉が、各場面で繰り返し語られます。そのため、登場人物たちがここまで雄弁に“走る理由”を語れることに、少し不自然さを感じる場面もありました。
また後半になるにつれ、走っている時の表情がどんどん鬼気迫ったものになり、怪物のように見えてくるのですが、「いくらなんでもその顔はないでしょう」と、思わず笑ってしまったところもあります。
この作品は、実写の動きをなぞる「ロトスコープ」という技法を多用し、陸上競技の緊張感や身体の躍動をリアルに再現しています。ただ、そのリアルな動きと、テレビアニメのように動作を間引いたカクカクした表現が混在しており、もう少し統一感があれば、より完成度が高まったのではないかとも感じました。
などと文句もいろいろ言いましたが、物語としては最後までしっかり楽しめました。普段あまりアニメーション作品を観ない自分にとって、久しぶりに「アニメで面白い」と素直に思えた一本でした。
