小学校教諭の薮下誠一(綾野剛)は、保護者から児童への体罰や暴言があったとして告発されます。訴えの内容は、いじめと呼ぶほかない凄惨なものでした。この情報をつかんだ週刊春報の記者(亀梨和也)は、実名での報道に踏み切ります。記事は瞬く間に世間へ広まり、薮下はマスコミから激しい追及を受ける立場に追い込まれました。
● 実話に基づいた作品
三池崇史(みいけ たかし)監督の映画『でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男』は、日本で初めて教師による児童いじめとして認定された体罰事件を題材にしています。原作は、福田ますみのルポタージュ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』で、本作はその映画化作品です。
2007年に刊行されたこのルポタージュは、冤罪の恐ろしさと、メディアや組織が持つ危うさを鋭く描いています。読み進めるほどに考えさせられる内容で、全体を通して強い印象を残しました。
そのため、この書籍を下敷きにしているように感じられた是枝裕和(これえだ ひろかず)監督の映画『怪物』を鑑賞した際には、頭で構成された子どもの物語よりも、このルポを基に問題点を再構築したほうが、より明確なテーマを打ち出せたのではないかと感じました。
そして今回、映画『でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男』を鑑賞し、あらためて『怪物』よりも原作に忠実な本作のほうが、映画としての完成度が高く、数倍面白いと感じました。福田ますみのルポタージュは、映像化されるべくして生まれた優れた著作だったといえます。
● 怖さを感じさせる内容
演技で特に印象に残ったのは、柴咲コウでした。我が子を守るためとはいえ、平然と嘘をつく保護者を演じる表情には、強い恐怖を覚えました。なぜそこまで堂々と虚偽を重ねられるのか理解しがたく、人間性の歪みを感じさせる、説明のつかない不気味さがありました。
また、週刊誌の報道をうのみにし、薮下を社会から排除しようとする流れに便乗する群衆の姿も恐ろしく映ります。まるで弱い立場の人間を攻撃する快感に酔っているかのようでした。
映画では雑誌名を「週刊春報」としていますが、モデルは明らかに「週刊文春」です。週刊文春はこの事件を、「『死に方教えたろか』と教え子を恫喝した史上最悪の『殺人教師』」といった刺激的な見出しで報じ、教諭の実名や写真まで掲載しました。
週刊誌の記事を信じやすい自分にとっても、本作は強い戒めとなる事例のひとつです。
● 風吹かせ過ぎ?と思った激しい雨
映画では、人物の感情やドラマ性を高めるために雨が用いられることがよくあります。本作でも雨の演出が選択されていますが、嵐のような豪雨が選ばれており、「ここまで激しい天候の日に、生徒の家へ歩いてお願いに行くだろうか」と違和感を覚える場面がありました。
生徒のお母さんから裁判での証言を断られ、そこへ週刊誌記者が現れて薮下を嘲笑する場面です。雨の効果を狙いすぎた結果、人工的で非現実的に感じられました。
ところが後に、綾野剛がインタビューで語った内容を知り、驚かされました。彼はこう答えています。
「亀梨さんとのシーンでの土砂降りは、打ちのめす雨でした。撮影中に本物の嵐が来たんです」
インタビュアーが「風吹かせ過ぎではと思うほど激しい雨でしたが」と問いかけると、
「本当の嵐でした。傘は吹き飛び、役者もスタッフも全員びしょ濡れで、立っていても溺れそうなほどでした。どれだけ声を出してもかき消される嵐は、薮下の主観である『声が届かない』という感覚を強く表しています。亀梨さん演じる鳴海と豪雨は、これ以上ない最高のタッグとなりました」と答えています。
その豪雨にも匹敵するほどの悪質なデマが、主人公の教師に降りかかります。
本作は、裁判を通じて少しずつ真相が明らかになる一方で、何が真実で、誰が正義なのかを観る側に問いかける、重厚な社会派サスペンスです。
参照:綾野剛インタビュー 映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』
