「菊豆(チュイトウ)」1990年製作 中国・日本合作 原題:菊豆 Ju Dou
 

ぼくがこれまでに観てきた映画の中で、間違いなくトップ10に入る一本があります。それが、チャン・イーモウ監督の『紅夢』です。同じ監督による1990年製作の『菊豆(チュイトウ)』も知られている作品ですが、こちらは鑑賞した記憶が曖昧でした。そこで、改めて視聴してみることにしました。

本作もまた、独特のエロティシズムと人生の哀しみ、そして残酷さが色濃く描かれています。その深みのある世界観に浸っていると、一般的な色恋を扱った映画が物足りなく感じられるほどでした。

物語の舞台は1920年代の中国農村です。染物屋を営む強欲な老主人・金山のもとへ、金で買われた若い妻・菊豆が嫁いできます。菊豆は誰もが目を奪われるほどの美しさを持つ女性でした。金山の甥で、同じ家に暮らしながら染物屋で働く男は、彼女の境遇に同情し、次第に思いを寄せていきます。住み込みで働く彼は、菊豆が毎晩、すでに亡くなった前妻たちと同じように酷く扱われていることを知っていました。

やがて、金山の留守中に二人は関係を持ち、菊豆は身ごもってしまいます。老主人は自分に息子ができたと信じ、大喜びします。子どもに天白(ティエンパイ)と名付け、自分の子として育てますが、物語はそこからさらに悲劇性を強めていきます。

菊豆を演じたのはコン・リーです。「中国の山口百恵」と称される女優ですが、確かにその雰囲気には通じるものがありました。中国映画でありながら、日本の山口百恵主演作を観ているかのような錯覚を覚えます。また、菊豆と男との間に生まれた子どもが、演歌歌手の藤正樹に似て見えたのも印象的でした。もっとも、今の世代には伝わらないかもしれません。

しかし、その子ども・天白は、成長するにつれて不気味で恐ろしい存在になります。母親と男が密かに外で抱き合っている様子を、面白半分に周囲へ言いふらしていた大人の男に対し、斧を手にして殺そうと追いかける場面は強烈です。悲鳴を上げて逃げる男を、どこまでも執拗に追い詰めていく姿が深く印象に残ります。

この映画で特に心に残るのは美術表現です。染物屋という設定上、大きな布が染められ、干されています。その布が何かの拍子に木から外れ、するすると滑り落ちていく場面が何度も登場します。布の動きと登場人物の感情が重なり合い、まるで音楽のように心理を語っているかのようでした。

また、蝋燭といえば白を思い浮かべますが、本作では赤い蝋燭がたびたび画面に現れます。日本映画ではあまり見かけない演出で、中国独特の生活文化を強く感じました。さらに、菊豆と男が大声で叫びながら、老主人の死を悲しむふりをする葬儀の場面なども、異文化ならではの習慣を印象づけます。

重厚で味わい深い一本であり、『紅夢』に劣らぬ傑作だと感じました。