「トレイン・ドリームズ」 2025年製作 アメリカ 原題:Train Dreams

 

クリント・ベントリー監督の「トレイン・ドリームズ」は、デニス・ジョンソンの同名小説を原作に、一人の男が生きた静かで孤独な人生を描いた、文学性の高い映画です。


抑制の効いた演出が特徴ですが、ぼくには少し淡々とし過ぎているようにも感じられました。そのため、鑑賞後は娯楽性に富んだスペクタクル映画や、派手なアクション映画を観たくなる気分になりました。

物語の舞台は20世紀初頭のアメリカ北西部です。森林伐採に従事する主人公ロバートは、自己主張をせず、黙々と仕事をこなす寡黙な男として描かれます。しかし彼の周囲では、理不尽としか言いようのない出来事が突然起こります。

大きな木材の橋を造る仕事に、大勢の職人の一人として従事しているときのことです。突然、数人の男達に中国人従業員が運ばれて、抵抗しながら暴れている彼を橋の上から放り投げて殺害します。

詳細な説明はありませんが、何らかの不祥事が疑われたにもかかわらず警察への通報もなく行われた行為は、その場の狂気と集団心理、そしてアジア人差別を象徴する場面のように思えました。

ロバートを含む労働者たちは、やりきれない表情でその光景を見つめるだけです。なぜそのような事件が起きたのかについて、映画はほとんど語りません。そのため観客も主人公と同じく、後味の悪さを抱えたまま、その場面を心に残すことになります。

もうひとつ印象に残るのは、おしゃべりで陽気な男と黒人の青年が登場する場面です。

伐採現場で、誰も真剣に聞いていないような状況にもかかわらず、その男は聖書の一節と思われる話を延々と語り続けています。そこへ黒人の男が現れ、「皆さん、邪魔して悪いね」と声をかけ、ためらいなくその男を拳銃で撃ち殺します。

黒人の男は、自分がなぜ引き金を引いたのかを語ります。「肌の色だけで兄を殺された。俺のしたことに文句があるなら、ここで決着をつけよう。残りの人生をおびえて生きたくない」と訴えるのです。誰からも声が上がらないのを確かめると、「仕事の邪魔をしたな」と言い残し、その場を去っていきます。

この出来事も、共に働いていた仲間が突然命を落とすという衝撃的な場面です。ただし、行為に至った理由が語られている分、中国人労働者の事件ほど強い後味の悪さは残りません。

終盤では、山火事によって妻子を失ったロバートが、深い苦悩の中をさまよう姿が描かれます。そんな彼が出会うのが、中年女性のクレアです。クレアは戦時中に看護師として働き、現在は新設されたアメリカ森林局で木材伐採の管理や山火事対策を担っています。

彼女の仕事は高所から雲の形や光の変化を観察し、その兆候を報告することです。クレアはその仕事を「贈り物のような仕事よ」と語ります。彼女もまた、ロバートと同じように伴侶を突然亡くした過去を抱えています。二人が結ばれるのではないかと期待させながらも、物語はそうした展開を選ばず、時間だけが静かに過ぎていきます。

その距離感があるからこそ、本作は一人の男が経験した幸せと喪失を淡々と記録した、ドキュメンタリーのような印象を与える映画になっているのだと感じました。