
西郷輝彦は、ぼくが初めてLPレコードを買った歌手ということもあり、特別な存在です。原作者の花登筺(はなと こばこ)が脚本を手がけたドラマ「どてらい男」もとても面白く、当時はテレビにかじりつくように見ていた記憶があります。
その西郷の妻だった辺見マリについては、代表曲「経験」はもちろん、「めまい」も好きでした。「めまい」の「♪ちがうの~」というフレーズの歌い方は、本当に色っぽく印象的でした。そんな辺見が、拝み屋に総額5億円もつぎ込んでいたとは知りませんでした。
この話は番組「しくじり先生 俺みたいになるな!!」で本人が語ったもので、2003年に出版された『もうひとつの経験』(青春出版社)がもとになっています。
辺見は中学3年でスカウトされ、1969年に19歳でデビューしました。2枚目のシングル「経験」が大きな転機となり、
「♪やめてエ~ 愛してないなら」
と艶っぽく始まるこの曲は80万枚を売り上げる大ヒットとなりました。
絶頂期の1972年には、当時“御三家”の一人として人気を集めていた西郷輝彦と結婚します。二人の子ども(ミュージシャンの辺見鑑孝、タレントの辺見えみり)にも恵まれました。
しかし、西郷の両親とうまくいかなかったこともあり、夫婦仲は冷え込み、1981年に離婚が成立します。
そんな心の隙間に入り込むように拝み屋が近づいてきたのは、彼女が38歳の時でした。紹介したのはマネージャーだったそうです。
拝み屋の女は、アメリカへ帰った実父がフィリピンに滞在したことがあると知ったうえで、それをまるで霊的に“言い当てた”かのように語りました。辺見は「まるで父があの世から語りかけているようだった」と感じたそうですが、後にマネージャーも含めた仕組まれた芝居だったことが分かります。
「悪い厄がついている」「えみりの目が見えなくなる」などと不安をあおられ、最初は1万円ほどだった“お礼”は、気づけば1000万円にまで膨らみました。「神様の声が聞こえた。マカオに行かねばならない」と言われ、ギャンブル資金として2000万円を差し出したこともありました。マカオへは3年間で何度も足を運んだといいます。
やがて、15歳でデビューしたえみりの契約金やギャラにも手をつけるようになり、もともと倹約家だった辺見は家を売り払い、借金まで抱えることになりました。最終的に失った額はおよそ5億円にのぼります。
この苦境から抜け出すきっかけになったのは、2001年に14歳年下の男性と再婚したことでした(のちに離婚)。スキャンダルを恐れて警察への相談をためらっていましたが、意を決して駆け込んだそうです。しかし、拝み屋たちの行方はつかめず、現在もお金は戻っていないといいます。
参照:「えみりの目が見えなくなる」と告げられ…辺見マリが“拝み屋”に5億円「洗脳地獄」の記憶