「背徳のメス」 1961年製作 日本
映画「背徳のメス」は、黒岩重吾の直木賞受賞作を映画化したサスペンスドラマで、黒岩重吾に関して思い出したことがあります。
黒岩重吾の昔に読んだ自伝的随筆「どぼらや人生」の中に、忘れられないエピソードがありました。現在、手元に本はなく、記憶を頼りに書いているので、細部が間違っているかもしれませんが、それはこんな内容でした。
● 原因不明の小児麻痺
独身の黒岩氏は株で大儲けして遊びまくっていましたが、遊びにも飽きてゲテモノ食いにはまってしまいました。今まで食べたことのない食べ物を誇らしげに食べていきました。腐った肉を食べたことで、突然原因不明の小児麻痺を発病し、子供の頃からのかかりつけの中之島の回生病院に入院しました。
発病した当初は、首から下が全く動かず、死にたいと思っても自殺すらできないほどの状態でしたが、なんとか命は助かりました。その後、3年間の入院生活を送ることになりましたが、困ったことにあそこが勃たなくなってしまいました。
『あそこが勃たないのは、生きている意味がない』と悲観的になりましたが、なんとか回復の道がないかと考えました。
そこで、付き添い看護をしてくれていた独身の知り合いのおばさんに事情を話し、毎回性器を手で刺激してくれるようお願いしました。自分の性器の機能回復以外には何の意図もないことを説明し、ようやく承諾してもらいました。日々、おばさんに手で刺激を繰り返してもらううちに、少しずつ回復の兆しが見えてきました。
完全に勃起できた時は、おばさんと二人で手を取り合い、涙を流して喜んだそうです。そのおばさんは黒岩氏の性器の刺激と看病を通じて何かを感じたのか、後に別の男性と結婚したとのこと。
● 本物の医師によるリハーサル
ぼくは高校生の時にその随筆を読み、作家の面白いエピソードに感動しました。闘病の話だけでなく、他にも興味深い話がたくさんありました。また、彼の小説もいくつか読みました。その中には「背徳のメス」も含まれていたと思いますが、内容はすっかり忘れてしまいました。
話を映画のことに戻します。
映画「背徳のメス」は、宗教団体の資金で運営される劣悪な病院を舞台に、金と欲にまみれた人間関係と愛憎劇を描いています。
腕は良いが女性関係や金儲けにだらしない田村高廣(たむら たかひろ)演じる産婦人科医の植(うえ)と、部長の西沢との対立を中心に、犯人探しを通じて人間の暗い過去や欲望が浮き彫りになっていく、社会派サスペンスミステリーの側面があります。
この映画は白黒でかなり古い作品ですが、出演している俳優も素晴らしく、とても面白い映画でした。手術のシーンなどはリアル感を出すために、監督と田村高廣、久我美子(くが よしこ)が実際の盲腸の胃がん手術の映像を研究しました。
その後、セットでは本物の医師によるリハーサルを経て、撮影だけでも丸二日間をかけて綿密に撮影が行われたといいます。それも映画に生かされていたと思います。
女にだらしない植のキャラクターも面白く、それだけではなく正義感も持ち合わせていて、部長の西沢(山村聰)の不正には自分の意見をきっちりと言い、媚びないところがすがすがしく感じました。
● 私にどんな罪があるのでしょうか
その部長の婦長・信子(久我美子)に対する暴言が、今では到底許されない言葉をなげかけています。
部長が酒に酔って他の看護婦にもたれかかって「おい!ビールだ!」と叫んだときに「部長さん、もうお飲みにならない方が」と、止める婦長に対し「カサカサのオールドミスのクソババア」という暴言を吐きます。それにじっと耐えている婦長の表情もこちらに内面の痛みを伝えてきます。
そして最後に婦長の手紙が主人公・植に渡されます。そこで彼女の告白が読まれます。
「植先生、私は33になって今、長い間生きてきたような気がします。院内の人たちが私をどんな目でみつめているか私はよく知っております。哀れな女、色気のない女、生きる必要のない女、いや、ひがみではありません。確かに私はそのような女なのです。でも私にどんな罪があるのでしょうか」
そして映画の中で手紙の内容は続き、彼女の告白が植の心を揺さぶっていきます。
主人公を殺そうとしたのは誰なのかという謎解きの面白さと、それに絡む婦長の人生が交差し、単なる娯楽映画の枠を超えて、深く心に残る映画となりました。
