21歳で逮捕され、39年後にやり直しの裁判で無罪が言い渡されたので、60歳になっていたという前川彰司さん。彼の事件の為に失われた39年間の重さを、捜査機関の関係者はどのように償うのであろうか。

1986年3月、福井市で中学3年の女子生徒が包丁で殺害された。事件の1年後、当時21歳だった前川さんが逮捕された。前川さんは捜査段階から一貫して無罪を主張。

去年10月、2度目の再審請求で名古屋高裁金沢支部が裁判のやり直しを認めた。7月18日名古屋高裁金沢支部で、増田啓祐裁判長は検察側の控訴を棄却し、前川さんに無罪を言い渡した。判決を言い渡されると前川さんはまっすぐ前を向き、その後は軽く頷きながら裁判長の声に耳を傾けていた。

● 福井女子中学生殺害事件の内容
ところで、福井市で中学3年の女子生徒が殺害された事件はどのような内容だったのか。なぜ、前川彰司さんが逮捕されてしまったのか。

1986年3月19日の夜、福井市の団地の部屋で、卒業式を終えて1人で留守番をしていた市立光陽中学校3年生の女子生徒(当時15歳)が殺害された。

ガラス製の灰皿で頭や顔を殴られたうえ、電気カーペットのコードで首を絞められ、ビニール製のこたつカバーを掛けた上から顔面や首を50カ所以上も包丁でめった突きにされていた。さらに、鴨居にドライヤーのコードを吊るして自殺を偽装しようとした形跡があった。

被害者の女子生徒は両親が6年前に離婚しており、事件当時はスナックホステスの母親と2人暮らしだった。母親は娘の帰宅後の18時に出勤したため、1人で留守番していたところを襲われた。

玄関先に争った様子はなく、顔見知りの犯行と見られていた。警察は当初、同年代のグループによる怨恨を疑い、次にシンナーや薬物中毒者に広げたものの、容疑者を絞り込めなかった。

この過程で、前川さんも事件から2週間後に聴取を受けたが、すぐに対象から外されている。逮捕直後から弁護人を務めていた佐藤辰弥弁護士によると、警察は半年間で延べ約4000人から事情聴取したそうだ。

前川さんが逮捕されたのは、事件発生から1年後。「事件の夜、血だらけの前川さんを目撃した」とする知人の暴力団組員Aの証言が決め手となった。しかし、前川さんと被害者の間に面識はなく、指紋など犯行と結び付ける直接的な物証も出ていない。

前川さんは一貫して無実を主張し、自白調書も取られなかったが、「シンナーを吸ってもうろうとした状態で被害者宅を訪れ、シンナーに誘ったところ断られたため激昂して殺害した」とされて殺人罪で起訴された。

Aの証言は、たとえば前川さんが犯行時に着ていたという血だらけの衣類について「川に捨てた」が「川の土手に埋めた」になるといった変遷があり、なおかつ衣類は発見されないなど客観的な裏付けがなく、信用性に疑問が持たれていた。「こうした捜査や公判の経過を分析することなく、適正な事実認定をすることができない事件です」と佐藤弁護士は説明した。

● 前川さんが犯人だとうその証言
1審の福井地裁はAらの証言の信用性を認めずに無罪を言い渡したが、2審の名古屋高裁金沢支部は逆に懲役7年の逆転有罪判決。最高裁も支持し、1997年に確定した。前川さんは満期出所後の2004年に再審を請求した。

2011年に名古屋高裁金沢支部は再審開始を決定したが、検察官が異議申し立てしたところ、2013年、名古屋高等裁判所本庁は一転して再審開始取り消しの決定を行った。2014年、最高裁第二小法廷が再審請求を棄却する決定が確定した。

前川さんは2022年に第二次再審請求を行い、2024年に名古屋高裁金沢支部は再び再審開始を認める決定を出し、検察官が異議申し立てを断念したため、再審開始決定が確定した。

2024年10月23日の決定で、名古屋高裁金沢支部の山田耕司裁判長は開示された証拠などを踏まえ「主要な関係者の1人が、みずからの刑事事件について有利な量刑を得るなどの不当な利益を図るために、前川さんが犯人だとうその証言を行った」と指摘した。



そのうえで「捜査に行き詰まった捜査機関がこの証言に頼り、ほかの関係者に証言を誘導するなどの不当な働きかけを行った疑いが払拭できない。証言の信用性を認めることは『疑わしきは被告人の利益に』の鉄則にもとることになり、正義にも反し許されない」と述べ、前川さんの再審を認めた。

今回の審理で弁護団は、「服に血が付いた前川さんを目撃した」と証言した1人が、事件当日に見たと話していたテレビ番組のシーンについて、新たに開示された捜査報告書などから、実際には放送されていないことがわかったと主張していた。

これについて決定では、検察は当時の捜査で該当のシーンが放送されていない事実を把握したとみられるのに、裁判で明らかにしないまま放送されたことを前提に主張し、有罪判決の確定に至ったと指摘した。

その上で、「公益を代表する検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い不正な行為といわざるをえず、適正な手続きを確保する観点から到底容認することはできない」と厳しく批判した。

● 再審、4点のポイント
再審請求審でポイントになったのは主に4点。

第1点は、被害者の刺し傷のうち2カ所の幅が、凶器とされた被害者宅の2本の包丁の刃の幅より小さいと分かったこと。弁護団は、激昂して犯行に及んだとすれば事前に包丁を準備していたのは不自然だし、事件の前に同行していたとされる男性の証言にも凶器の話は出てこない。

第2点は、前川さんが犯行後に乗ったとされる車のダッシュボードに「手のひらの形の血痕がついていた」というAらの証言の信ぴょう性。事件の約9カ月後のルミノール検査ではダッシュボードから血痕の反応は出ていない。

第3点は、犯人像だ。弁護団は、犯人が靴を脱いで室内に入ったこと、自殺の偽装工作をしていること、顔面にこたつカバーを掛けてから刃物で刺していることに加え、傷のほとんどが顔面や首に集中し、しかも浅いことから怨恨による犯行とみられる。「激昂のあまり犯した単純かつ短絡的な殺人とは到底言えない」と指摘した。

そして第4点は、関係者の証言の信用性・虚偽性。当初、事件当夜に前川さんと一緒に事件現場へ移動し、その後、喫茶店などに一緒に行ったとされたのはLという男性だった。Aら3人が一致した証言をしていたが間もなく、Lが一緒だったというのは虚偽だったことが判明する。つまり、3人が一致して同じ嘘をついていたわけだ。

7月18日午後2時すぎ、名古屋高裁金沢支部で、最後に増田啓祐裁判長は「前川さんのかけがえのない長い時間を服役という形で過ごさせたのは取り返しのつかないこと。大変申し訳ありませんでした。これからの前川さんに幸多からんことを心から願っています」と謝罪した。

 

参照:裁判長「大変申し訳ありませんでした」検察は“不誠実で罪深い不正”

             小石勝朗/法浪記 第4回:福井女子中学生殺害事件

             無罪確実に「39年を犠牲に」 福井女子中学生殺人事件再審