ライオンととても親し気に、抱擁している写真や動画をたまに見たりすることがあるけれど、大丈夫なのだろうかと、はらはらするものだ。同じようにものすごく太いヘビをニコニコ笑いながら、体に巻き付けている女性の姿も落ち着かない気持ちにさせる。

● アパートの中にライオン
現在では信じられない話だが、昭和の日本では「ライオン」を飼っている人がそれなりにいたらしい。昭和の時代は猛獣飼育を取り締まる法律がなかったので、手に入ればペットとして飼育することが可能だったという。

現に向田邦子によるエッセイ「中野ライオン」および「新宿のライオン」には、1950年代に東京の中野駅と高円寺駅の間に建っていた木造アパートの中にライオンが住んでいた、というエピソードが登場する。

最初は向田邦子も見間違いかと思っていたが、20年後にライオンを実際に飼っていた男性と出会い、見間違いではなく本物であったことを知る。

事件は1978年(昭和53年)の春、埼玉県郊外の町で発生した。この地域に住んでいるSさん(48歳)という男性がライオン2頭に身体を喰われ死亡してしまったのである。

この地域で新聞販売店を営んでいたSさんは金持ちであった。彼は新聞だけではなく様々な商売を行っていた。

● ペットショップでライオン
Sさんがライオンを飼い始めたのは1977年(昭和52年)ごろ。当初は犬を飼おうとしていたが、訪れたペットショップではライオンも取り扱っていた。興味を持ったSさんは店主や家族の反対を押し切り、オスとメスの2頭のライオンを合せて90万円ほどで購入したという。

飼いはじめの頃は猫ほどの大きさで、散歩などに連れ出していたが、1カ月後には大きくなりすぎて手に余るようになってしまった。そこで自身が所有する物件の庭に、広さ26平方メートル、高さ2.5メートルのオリを作り、2頭を飼育していた。

Sさんは、事件があった日の早朝も給餌のためオリへと近づいた。ライオンが豹変したのはまさにこの時、Sさんに抱き付くような形で突然襲い掛かってきた。

頭や首に噛みつかれたSさんはオリから抜け出したものの再び襲われ、ノドのほか両足首を喰われてしまう。Sさんの友人はすぐに警察へ電話。2頭のライオンは猟友会の手で射殺されたが、Sさんは既に死亡していた。

ライオンが突然狂暴化した原因について、「飼い主がエサを与えていなかった」とする一部報道もあるが、当事者であるSさんとライオンが死亡してしまったため真実はわからない。

なお、これは余談であるが、Sさんにライオンを売ったペットショップ店主は後に男女4人を殺害し殺人罪などに問われた通称「愛犬家殺人事件」の実行犯の男性(関根元死刑囚)であったようだ。関根元死刑囚は、共犯者に「30人以上殺した」と告白していた。彼は、左手の小指がない理由をアフリカでライオンに噛まれたと吹聴していたという。

参照:「俺の友達がいま、2頭のライオンに喰われてんだ…」埼玉の金持ちがペットの猛獣に襲われた