「私のトナカイちゃん」公開:2024年 製作国:イギリス 原題:Baby Reindeer

最悪な女性に好かれてストーカー被害を被った男の物語。主演したリチャード・ガッドが実体験を元に脚本も書いたという。

「私のトナカイちゃん」というタイトルから想像すると、なにかメルヘンチックなお話に聞こえがちだけれど、内容はかなり重い。コメディ部門に分類されているけれど、疑問を持ってしまう。あまりに想像を絶した展開なので笑ってしまう箇所もあるけれど、笑わせるための物語ではない。

売れない芸人のドニーはある日、自分が働くパブでおすもうさんのように太った女性マーサと出会う。彼女はカウンターで半泣きの状態でぐったりとカウンターに腰掛けている。

注文を聞くと、「お金がない」との事なので同情したドニーは可哀そうに思い、一杯の紅茶をおごる。
職業は?と聞くと、彼女は「弁護士」と答える。そこから、いかに自分がセレブと付き合いがある弁護士なのかを自慢げに饒舌に語り始める。
ドニーは「一杯の紅茶代も払えない弁護士か・・・・・・?」
と、あきれる。

それ以来、マーサは毎日パブに顔を出し、ドニーの前に張り付いて一日中しゃべりまくるようになる。そして下品なシモネタの間違いだらけのスペルの大量のメールを送る。

彼女は突然、声高らかに笑う。それがあまりにも突拍子もないので、お店でいっしょに食事をしているときなど、店中の人が注目するくらいに。

またマーサは、主人公のドニーに近づく女性に対しては、売春婦呼ばわりする。けんかになった時など、相手の女性の髪の毛を引っ張って頭皮から抜いちゃうほどの凶暴さを発揮する。

ネットで検索することにより、マーサが過去に別のストーカー行為で有罪判決を受けていたことを知る。

その最悪な状態を体験するドニーを演じた男優の顔のアップが続いたときにぼくが感じたのは、独特な不安感。眼が怖い。ストーカーの女性もひどいが、この主人公もどこか変。気になるのは、精神的に落ち着かない危うさを感じさせる表情だった。

そして、なぜドニーがそのような人生の影を感じさせる表情を持つにいたったかが、ドラマの後半に明かされる。コメディアンの修行中に演劇祭で出会った中年の脚本家の性加害に、ドニーのトラウマの原因があった。

ある日、コメディアンとして、舞台に立っていくつかの持ちネタを披露しても客席の誰もほとんど笑わない。しばし沈黙の間を置き・・・・・・
「ヤレヤレ、クソッタレだ。」と、自分につぶやく。
「才能など見ていなかった。自分だけ見ていた。僕は甘ったれだ!」

その舞台のなかで、彼は笑わせる為のマイクを置く。

そしてがらりと話題を変える。
「ある脚本家がぼくを夢中にさせて言ったんだ”君は才能がある。有名になろう”」
「彼の言葉を信じた。それで彼の要求に応じた。なぜなら名声は評価に先立つものだからだ。」
「お笑い芸人が夢だった。彼の家で毎週末、麻薬を乱用した。見事に手なずけられた。」
自分が今までに脚本家から受けた性加害の事の告白を涙ながらに語り始める。それを録画している人がいて、その動画がアップされることにより彼の人生がまた逆に脚光を浴びて変わり始める。

単に『太った女性に追いかけられて、大変でした』というコメディではない。予想した物語の展開からおおきくはずれて転がってゆく。一人の人間が他人との関係における不条理な現実の受け入れと、そこからの必死の脱却を感じさせる、見事な秀作だった。