「落下の解剖学」 2023年製作 フランス 原題:Anatomie d'une chute

 

女流監督で脚本家でもあるジュスティーヌ・トリエの「落下の解剖学」は、アカデミー賞で監督賞、脚本賞を始め5部門でノミネートされ、評論家の評判もいいし楽しみにしていた映画だ。

雪山にポツンと建っている山荘で、男が彼の家の3階から転落死した。雪に頭から出血した血がにじんでいる状態で死亡している。はじめは事故と思われたが、次第にベストセラー作家である妻サンドラに殺人容疑が向けられる。裁判にかけられ、夫が録音していた妻との口論の内容により、さらに彼女が疑われるというフランス法廷ミステリー。

最初のシーンで、作家のサンドラと、取材にきた若い女性との会話が目を惹いた。作家の取材に来たというのに、サンドラは自分の話より取材にきた彼女の話を聞きたいという意志が見え見え。お互いの、取材のような探り合いのような変な会話。始終笑顔のサンドラと、困惑気味のインタビュアーとの表情が入れ替わり、アップとなる。サンドラの意図が不明のところで、突然の大音響でかかる夫の部屋からの音楽。会話が聞き取れなくなり、「ここでは会話は無理ね。」ということで次回に持ち越されてインタビュアーが車で帰る。

その後の夫の突然の落下による死亡。

この映画、夫婦喧嘩がキーになっている部分があるので、夫婦で観に行くときは要注意だ。夫婦共に同じ職業である場合は、一緒に見ないほうがいいのではと思わせる。特に、夫がUSBに保存していた夫婦喧嘩のやりとりの言葉の刺し方がすごい。ダンナさんは妻から「優しいふりして本当は汚くて意地悪」「私のせいにしているけれど、40歳にもなって何もできないのは自分のせい」「生きている化石」とまで表現されていたような・・・・・・。

「夫婦喧嘩は犬も食わない」というが、今回の映画ではそのことわざに出ている「犬」が食べたものが重要な物語での位置を占めているところが面白い。

この映画に出ている犬はメッシと言う。昨年5月の「第76回カンヌ国際映画祭」にて、優れた演技を披露した犬に送られる栄誉あるパルム・ドッグ賞をメッシが受賞している。

メッシは、視覚障がいを持つこどもに寄り添う介助犬で、そこで起こる人間のいさかいや、あらゆる感情の渦の全てを見通しているような、不思議な存在感を放っている。トリエ監督も「犬を目で追ってしまうでしょ。彼は間違いなく、この映画の主要なキャラクターよ」と断言していた。トリエ監督は、「無実を証明できるのは被害者の飼い犬ただ一匹」という「ヴィクトリア」という映画も2016年に撮っている。

物語のある場面で、犬が倒れてしまう。その件に関して映画評論家の町山智浩氏がTBSラジオ『こねくと』の中でこのように解説している。

 

「この映画の中でその息子さんが持ってる犬がですね、映画の中で1回、毒を盛られて死にそうになるっていうシーンがあるんですよ。で、「これ、どうやって撮影しているの? 本当に犬に薬か何か、与えて撮ってるの?」って思ったら、完全な犬の演技だそうですよね。」

最近のショート動画で色々な犬や猫の動画を見ているうちに、自分が思っている以上に犬や猫は賢いということを動画に教えられた。犬の演技に注目できるところも「落下の解剖学」の楽しみの一つかも。但し、ぼくには犬の白目の多いメッシの顔が微妙に怖かった。

ところで、本作で共同脚本を務めたのは、ジュスティーヌ・トリエ監督のパートナーで映画監督のアルチュール・アラリ。二人の間には二人の娘がいる。同業者のカップルが創作と実生活を切り分けられるのかというのもこの作品のテーマ。

当映画の夫婦喧嘩の怖さは、「作者の実体験を描いているのか?」という疑問を持ってしまうがそこはトリエは否定している。「共同執筆をしたのは非常に興味深かったです。なぜなら私たちの日常とは、まったくかけ離れているから。幸い、私は彼に殺意を抱いたりしていません(笑)」

参照:『落下の解剖学』のジュスティーヌ・トリエ監督にインタビュー
   アカデミー賞ランチ会で猫かわいがりされる“犬”が話題
   町山智浩『落下の解剖学』を語る