「ある画家の数奇な運命」 2018年 ドイツ 原題:Werk ohne Autor

フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督の「ある画家の数奇な運命」は、ドイツの激動の時代を生きた画家ゲルハルト・リヒターの半生をモデルにした映画。彼は現代美術界の巨匠であり、ときにオークションで数十億円の価格がつくアーティスト。

ナチ党政権下のドイツ。叔母の影響で幼い頃から芸術に親しむ日々を送っていたクルト。しかし、感受性の強い叔母はある日精神のバランスを崩してしまい、統合失調症と診断されてしまう。

当時のヒトラー政権では、精神疾患の患者や障がい者は弱い遺伝子を持っているとみなされ、後世に子孫を作らないように安楽死政策が行われていた。叔母はガス室で安楽死させられてしまった。

クルトは終戦後に美術学校に進学。そこで、同じ学校の服飾科のエリーと恋に落ちる。エリーの父親は、ナチ党の元高官の医師で叔母を死に追いやった張本人だった。しかし、そのことに気づかぬまま、2人は結婚し、西ドイツに逃亡し、クルトは創作に没頭する・・・・・。

今年90歳になる映画のモデルとなった画家の個展が、6月7日(火)から10月2日(日)まで東京国立近代美術館で開催中とのこと。美術手帳という月刊誌でも7月号は、ゲルハルト・リヒターの特集で誌面を構成している。

この映画の監督は「善き人のためのソナタ」でアカデミー外国語映画賞を受賞していて、この作品が好きだったので『「ある画家の数奇な運命」も自分に合う作品かも?』と思って観ただがぴったりとはまった。

これだけ、人間の本質的な事と芸術と社会の交差、自然や肉体の美しさ、音楽の良さ、そのような色々豊かな表現力をもった作品もひさびさの体験。3時間の長さが気にならずあっとゆうまだった。

主人公クルトの絵を描く表情がキリッとしていて美しい。また、釘をひたすら打ってアート作品にしていた友人も面白い。

 

クルトの恋人役のパウラ・ベーア、及び叔母エリザベトを演じたサスキア・ローゼンタールのクラシックティストのファッションも魅力の一つ。本作の衣装を担当したのは、ガブリエル・ビンダー。『善き人のためのソナタ』でドイツ映画賞衣装賞にノミネートされた彼女は映画人からの信頼も厚い。



ドナースマルク監督は「素晴らしい芸術は、苦しみの産物ではないか」という思いがあって、その思いに答える映画を作る為に、ストーリーを探していた。最初は、オペラの作曲家を主人公にして作ろうかと思っていた。

実際は“売れている”作曲家が、仕事として請け負ったものが多く、なかなかぴったりくるストーリーに出会えなくてあきらめかけた矢先に、あるジャーナリストに出会った。

彼が画家・リヒターの伝記を書いていると聞き、「これが始まりになるかもしれない」と、一気に興味がわいたという。

但し、リヒターに条件を付けられた。

元々は画家リヒター自身の半生を劇映画化する予定だったが、リヒター側が出した条件は、「人物の名前は変えること」「何が事実か事実でないかは、互いに絶対に明かさないこと」の2つ。1カ月にわたる本人への取材が許されたものの、虚実入り混じった内容とすることが義務付けられたとの事。但し、リヒターの叔母も“安楽死政策”によって実際に殺害されているとのこと。



ところで、余談になるけれどドナースマルク監督は、日本の映画では黒澤明の「生きる」(1952)が好きで、トム・ハンクスもこの映画が大好きで、プロデューサーも交えて3人で延々とこの映画の魅力を語り、リメイクしようかという話が持ち上がったことがあるという。

監督曰く、「でも、やめました。『生きる』は、あまりに神聖な映画だから。僕たちが触ってはいけないと思ったのです。」
でもドナースマルク監督のリメイクした「生きる」もみたいような気がちょっとしてくる。

参照:ミステリアスな契約から生まれた傑作──『ある画家の数奇な運命』