心臓移植にブタの心臓を使う事を試みたというニュースを聞き、科学の進歩と今後の可能性にわくわくしたものだ。

1月16日には『最後の望みだ・・・『ブタ』の心臓を男性に移植、世界初』というタイトルで、その驚きをブログにアップしたのもちょうど1ヵ月前の事だ。

しかし、こんな事実が出て来た事には驚きだ。

豚の移植を試みた57歳のデビッド・ベネットは、かつてエドワードという男性を7回刺して半身不随にし、有罪判決を受けた過去があった。

刺されたエドワードはそれから19年にわたって車いす生活を送り、2005年に脳卒中で倒れ、その2年後に他界した。41歳の誕生日を迎える1週間前だった。

34年近く前の1988年4月30日、ベネットはメリーランド州ヘイガーズタウンにあるバーに足を踏み入れた。

店内では、22歳のエドワード・シューメイカーが、ベネットの当時の妻ノーマ・ジーン・ベネットと飲みながら話をしていた。

エドワード・シューメイカーはハンサムな男だったと姉は振り返る。腕は建築の仕事で鍛えられていた。

ベネットの妻はシューメイカーの膝の上に座っていた。その後、当時23歳のベネットは、ビリヤードをしていたシューメイカーに襲いかかったという。

法廷証言によれば、シューメイカーは背中に一撃を受け、足の感覚がなくなった。それからベネットは彼の腹部、胸部、背部を何度も刺した。

現場から逃走したベネットは、警察とカーチェイスの末に逮捕された。

ベネットは、自分の妻とハンサムなエドワードが仲良く飲みながら話をしていた事に対して、嫉妬で逆上して犯行におよんだのであろう。

「エドは苦しみました」。
エドワードの姉のダウニーは語る。
「精神の荒廃やトラウマに何年も何年も苦しみ、私たち家族が介護しなければなりませんでした」

また、兄のシューメイカーをバーに送っていった弟は、事件後、罪悪感にさいなまれた。兄をバーまで送ったこと、半身不随になるのを防いであげられなかったことで自責の念にかられた。

やがて弟は鎮痛薬オピオイドを乱用するようになり、1999年に薬物の過剰摂取で亡くなった。28歳だったという。

かたや出所後のベネットは「幸せに暮らしていた」と彼女は言う。「いまでは新しい心臓が与えられ、セカンドチャンスをもらっています。私としては、彼よりも移植に値する患者に与えられるべきだったと思っています」

ベネットは10年の懲役刑を言い渡され、シューメイカーへの損害賠償金2万9824ドルの支払いを命じられた。ベネットは6年服役したのちに釈放されたという。

エドワード・シューメイカーと彼の両親もベネットを相手に民事訴訟を起こし、ベネットには340万ドルの損害賠償が命じられた。しかし、デビッド・ベネットは、賠償金はいっさい支払っていないという。
 

さすがにそれはまずいのではないか。自分の心臓移植の手術には金を払うことができて、自分が原因で死亡するに至った家族に一銭も払っていないというのは・・・・・。

今回の移植者が犯罪歴のある人だった件に関しては、医師は以下のようにコメント。
ニューヨーク大学の生命倫理学教授アーサー・カプランは「医学の大原則は、誰であろうと病気になった人を治療することです」と話す。「私たちの仕事は罪人と聖人を区別することではありません。犯罪は法的な問題です」

また、デビッド・ベネットの息子は父親の犯罪歴について口をつぐんでこのように語る。
「父はこれまで一度もそんな話をしてくれたことはありません。私からは何も言うつもりはありません」

息子はのちに、病院を通じて次のような声明を出した。
「ここで私が意図するのは、父の過去について語ることではありません。私の意図は、画期的な手術と、科学に貢献して将来的に他の患者の命を救いたいという父の願いに心を注ぐことです」

それぞれの立場での発言と考え方が交わることのないままに飛び交うだけで、アメリカで世界初のブタ心臓移植という歴史的なニュースなわりに、後味の悪い印象になってしまった。

参照:あの歴史的“ブタ心臓移植”を受けた男は、私の弟を「半殺し」にした前科者です。