「さらば愛しき大地」 1982年 日本

柳町光男監督の「さらば愛しき大地」の舞台は、茨城県の小さな農家。

息子二人を溺死で亡くしてしまったダンプカーの運転手の幸雄は、背中に観音像と子供の戒名を刺青し供養している。そして、息子二人の死に関し身重の妻を責めてつらくあたる。

幸雄は順子という、かつて次男の恋人だった女をダンプに乗せる。順子は昼は工場で働き夜は母の飲み屋を手伝いをしている。運転の途中で、背中の刺青を見せた事が縁で順子と同棲生活が始まり、幸男は家に帰らなくなる。

順子には子供ができるが、幸雄のダンプの仕事は減り覚せい剤に手を出してしまう。順子は家計が苦しくなりスナックで働き、そして昔の恋人・次男の明彦に金の工面を頼みにでかける。

それを知った幸雄は弟・明彦に対する嫉妬とコンプレックスで、明彦の結婚式の日についには順子を刺殺するべく、後ろから包丁を振りかざす。

映画のところどころに、風に揺れる森や田んぼの風景が入るが、まるで生きているかのような自然の生命力を感じさせる。

養豚場を背景にした幸雄の妻を演じた山口美也子の濡れ場にも目新しい面白さを感じた。物語の密度や音楽もいいし、出ている役者も良くて名作だと思った。

根津甚八演じる幸雄の人生は、落ちるばかりでいいところがほとんどない。たえず何かにいら立っているような目で周りを窺っている。思うようにならず、つねに飢えた心のさまが見ている側に強く訴えてくる。

順子を演じた秋吉久美子の、いかにも田舎にいそうな色っぽい水商売の女性の演技も良かった。幸雄の暴力に赤ちゃんを抱いて家から逃げて、トラックに隠れるシーンで、まるで自分の運命をあきらめたかのように、歌を歌う。「月がとっても青いから 遠いまわりして帰ろう・・・・・・」
その歌声がこころに染みる。

秋吉久美子は「勝手にさせて」というエッセイ集を出しているが、そこにこの映画のことがほんの少し出ている。最後のシーンに関しこんな感想を。

順子は、シャリシャリ、じゃがいもをむく。悲しい。シャリシャリは順子の心の声だ。幸雄にはその音が耳ざわりだ。うっとうしい。順子と幸雄はもう交われないのか。