「騙し絵の牙」 2021年 日本
 

吉田大八監督の「騙し絵の牙」は、まさに大泉洋のためにできたような映画。

原作である『騙し絵の牙』は、塩田武士によるミステリ小説。作家・塩田武士氏が、大泉をイメージして主人公を「あてがき」し、出版業界と大泉を4年間にわたり徹底的に取材して執筆した意欲作との事。映画は大泉を主演に迎えながらも、吉田大八監督が原作を解体して脚本を再構築している。

大泉洋の強引で弁のたつ・・・どこかユーモラスで、いいかげんのような信用できないような、そんな掴みどころのないなキャラが実にはまっていた。

● 國村隼のエロっぽい声と存在感
映画は、大手出版社である「薫風社」を舞台に始まる。

文芸誌の編集部にいた松岡茉優(まつおか まゆ)演じる高野恵は、大作家の本の感想を本人の前で聞かれ、つい本音で辛口の感想を語ってしまった。その事や、文芸誌自体の売上の減少もあり、彼女は別の部署に飛ばされてしまう。

恵の父親は、街で小さな本屋をやっていた。ある時、実家の本屋の手伝いをしている恵の元に、編集長の速水(大泉洋)がひょっこり顔を出す。カルチャー誌「トリニティ」の編集部に入り、手伝いをしてくれないかと、誘われる。

速水はとにかく面白くなければ、雑誌ではないのだという方針のもとに、今までの常識を破る企画を打ち立て、雑誌の売り上げを伸ばすことに奔走する。そして恵もそれに巻き込まれていく。

現在の出版業界の抱える問題点や、文芸誌に対する特別な想いも、ストリーに取り込み、さらには『アマゾンとタイアップして世界を目指す雑誌にする』などという、夢も語っている。

展開もスピーディーだし、出ている役者も演技派が揃っていて、それぞれがみせてくれる。特に大物作家を演じた國村隼(くにむら じゅん)の存在感が圧倒的。あの腹の底から響いてくる声のすばらしいこと。

ワインを飲みつつ、ワインのウンチクを述べつつ実は恵をなんとかものにしてしまおうと、狙っているそのシーンがいい。

実はいやらしい事はたいして言っていないのだが、國村隼の雰囲気と低音の声が実にエロっぽい。その反面、恵(松岡茉優)の方はあっさり系で、酔っているシーンでもたいして色っぽくないのが対照的。

● 松岡茉優と大泉洋に価値観を変えてくれた本は?
松岡茉優は、大泉と同じように常に画面にでずっぱり。

彼女は僕が前回見て感銘を受けた「蜜蜂と遠雷」(2019)にも出ていた。吉田大八監督の「桐島、部活やめるってよ」(2012) にも出ていたし、本当にいい映画に出ている。彼女は今回の映画出演に関して、何か特別な想いがあるのかと思いきや、このように語っているのが面白い。

松岡「私は先に脚本を拝読したのですが、そのあとに原作を読んだときに『あ、大泉さんとのラブシーンが全てなくなっている!』と思って、チェッと思いましたね(笑)」

大泉「ははははは。原作の企画が動き始めた当初から映像化を視野に入れていたようなので、私が原作の塩田先生に言っておいたんですよ。『もちろん大人の物語として濡れ場も描きなさい』と。出来上がってきたものを見たら、本当にあったもんだから笑っちゃいましたよ。映画では、綺麗になくなっちゃいましたねえ(笑)」

松岡「(原作では)机の下で足を絡め合ったりしていますもんね。大泉さんとは上司と部下、もしかしたら親子なんてことも可能な年齢差があるので、今作でラブシーンが出来なかったのは残念ですね」

大泉「まあ、だいたいこういうことを言いながら、事務所がラブシーンNGを出していることが多いんですよ(笑)」

松岡「違う、違う! 私の出演が決まる前から脚本は出来上がっていたわけですから!」

また、「これまで読んできたなかで価値観を変えてくれた本は? 最近読んだなかで印象に残っている本や雑誌は?」と聞いたときの二人の対照的な答えが面白い。

松岡は「わたしは本の世界に額をこすりつけたいくらい本が好き。読み方とか死生観を変えてくれたのは、天童荒太さんの『悼む人』。ガランと世界が変わった本でした。あとは、恩田陸さんの『Q&A』にも影響を受けました。やはり、人の生と死に関わる本というのは、印象深いものがありますね」

一方、大泉は「恥ずかしいんだけど、わたしは本当に本を読まないんですよ。だから、『ダ・ヴィンチ』という雑誌の表紙の仕事が実は苦手でね(笑)。もともと、『騙し絵の牙』もそこから始まっているんですよ。表紙のお仕事の時、毎回オススメの本を持ってくれと言われる。私は本を読まないから、持ちたい本はないと。

仕方がないから、編集者に『俺に主人公が出来そうな本を教えてくれ』と。将来的に私のもとへ映像化の話が来るかもしれないと思えば、読みたくなるからって(笑)。それで、その編集者が『じゃあ、いっそのこと作りましょう』という話になり、塩田さん執筆で『騙し絵の牙』という形になったんですよ(笑)」

本を読まない大泉のおかげで、この面白い映画ができたともいえるわけだ。ある意味、大泉にとって本に関わる価値観を変えてくれた一冊が『騙し絵の牙』とも言えるのではなかろうか。

● 興ざめのコマーシャル
映画の内容からはずれるが、一点、これだけは映画では慣例化してほしくないと思ったこと。

映画の前に凸版印刷のコマーシャルが劇場にかかった。それに大泉洋が出ていた。このコマーシャルは実は吉田大八監督が作成してる。映画のスポンサーだからしょうがないという理由はやめてほしい。気持ちがぼくのように、とても冷える人がいるということも考慮して、映画の直前のコマーシャルに映画の出演者を出すのは遠慮してもらいたいものだ。

その個人的な感覚でのコマーシャルの汚点はともかくとして、本が好きで、よく本屋に足を向ける人ならば、この映画は楽しめると思う。実際にぼくは、最近観た「ノマドランド」や「ミナリ」よりは面白いと思った。騙しだまされる事が、アピールするほどには大きくはないけれど、何か隠していることがありそうな面々の行動、そこも楽しませてくれたポイントのひとつだった。

参照:大泉洋と松岡茉優に「価値観が変わった1冊」を聞いてみて分かったこと