
「ノマドランド」 2020年製作 アメリカ 原題:Nomadland
クロエ・ジャオ監督の「ノマドランド」は、63歳の女性ファーンの話。彼女は夫に先立たれて、住んでいる場所も仕事の関係で街自体が消失し、キャンピングカーで車中生活をしながら仕事を渡り歩く。
タイトルのノマドは、遊牧民をさす。
アメリカでは、町は企業と運命共同体となり、企業の事情で雇用がなくなった時に、そこに務めていた人々は職だけでなく社宅という住処さえ失ってしまう。
ファーンはかつて教えていた娘とそのお母さんと、ばったりスーパーで出会う。その時にその娘に問われる。
「ホームレスになったの?」
ファンは答える。
「そうじゃないの。ハウスレスになったの」
このやりとりに、ファーンの自分の現在に対するプライドが伺えられる。
ファーンの印象的なシーン。広大な原野の一本道で、車を止めて草むらのなかに体をしずめて放尿をする。見渡せば、広大な景色。車で生活するということは、なにかと不便なこともあるともいえるし、自然により近い位置での生活に近づいているようにも思えてくる。
それは、裸になって川の中で体を浮かせているシーンにも思えた。お風呂代わりと、水の中にいる快感を味わっているかのように思える。
但し、排泄は何かと大変らしく映画のなかではトイレ代わりに使うバケツを手にとり、笑顔で説明する女性もでてくる。
クロエ・ジャオ監督も、バケツの件を含めてこのように語っている。
「今作の撮影中も、“バケツにうんこをしたら仲間入りだ”(車上生活では、用を足す時にバケツを使う)という言葉を何度も聞きましたよ(笑)。そこに年収や政治は関係ないんです。今作を通じて、そのことを伝えられたらと思っています」
ファーンと同じ境遇の女性がともに過ごす時間の中で彼女に語る印象的なシーン。自分が癌を患っていて余命幾ばくもないことを明かす。今まで自分がみてきた光景を死の前にもう一度、観に行くことを伝える。
すばらしい自然の中での鳥がはばたく美しさ語る場面。その瞬間、彼女はその景色を見ながら『死んでもいいと、思った』。ということを語る。
自分の生の残り時間が数か月とわかってしまった時に、この女性のようにぼくは語るべき言葉を持っているか?と、自分に問うと、何とも心もとない。
「この映画は、大切なことを伝えている。観てよかった。」と、いっしょに行った奥さんは言う。ぼくも、この映画をきっかけに新しい考え方や見方をもらえて、原作者が望んでいたように世界が少し広がったと感じた。
但しノマドランドは、ぼくの求めているストリーの面白さや魅力的な出演者を含めての面白さとは、別枠の味わいの作品。今は、純粋に面白さを追求した映画が見たい気分になっている。