朝、目がさめて何かいつもと違う空気を感じ、横を見た。妹の彼氏で友達の澤谷さんが寝ていた。
「あれ?いつの間に来ていたの?」
澤谷さんはまだ眠いらしく眠たげな顔でぼんやりしていて、反応がすぐに返ってこない。
「しばらく会っていなかったから、なんとなく・・・・・・」
ボソっとつぶやき、また目を閉じてしまった。
さらに澤谷さんの横には妹も来ていて、ふとんにくるまって寝ている。ぼくの住むアパートはボロくて狭いので、ふとんもそんなに置いていない。その数すくない布団がフル活用されている。
『妹もいっしょに来たんだ。まあ、こちらがあきれるくらいいつもいっしょだからなぁ』と、僕は思った。
妹と澤谷さんはつきあっていて、結婚する約束をしている。妹の彼氏でありながら、いつのまにかぼくの友達にもなっていた。妹ともしばらく遭っていなかった。横で寝ている二人を置いて、咽喉のかわきを覚えたので、台所に行った。すると、そこでまた驚きの光景に遭遇した。
見知らぬ男が三人も台所にいる。一人は何か料理をつくっている。もうひとりは鍋をのぞきこんでいる。三人めの男は突っ立ってボーとしている。その突っ立ってボーとしている髪の毛の薄い男に聞いた。
「人のアパートの台所で何をやってんの?」
「え?聞いていなかった?アパートは部屋によって台所が狭すぎたり、造り忘れていたりするから、台所が大きい君のような人の場所を借りられようになったんだよ」
「え?それは、おれが留守でも眠っていても、おかまいなしにいつでも台所を使えるってわけ?部屋の中に入られる心配があるし、お金だって危ないし。そもそも、個人のプライバシーが守られてないじゃない。」
「よくはわからないけど、大家さんに聞いてくれ。」
突っ立ち男は、ぶっきらぼうに言い放った。そこで、目が覚めた。夢だったのだ。
何時間、眠ったのだろう?横をみると妻がスマフォを暗闇の中でいじっていた。多分、昼寝をしていたので、夜に、眠れなかったのだろう。
「何時だとおもってんの?スマホはやめたほうがいいよ」
妻に忠告すると、こちらを見て「あ、目がさめたの?」と、聞いてくる。
「でもツムツム(ゲーム)は、やってないよ。」
そんな問題ではないのだが、そこにこだわっててもしょうがない。
「夢を見てね。めずらしい友達が出てきたよ。」
「え?誰?」
「澤谷さん」
「彼はいい人だったもんねぇ。」
妻も澤谷さんとは何度か会ったことがある。妹が彼と付き合っていたのは、もう25年も前の話。ぼくが名古屋の大学に入ったときに、ちょうど澤谷さんも名古屋の大学に入っていて、そのときにずいぶん世話になったものだ。それにいっしょによく酒を飲んだ。
その頃、妹は高校を卒業し、青森で就職が決まった頃だったと思う。妹は現在は澤谷さんとは別れて、別の人と結婚をしている。一方、澤谷さんも妹と別れた後、スナックのカウンターの女性と付き合っていたのだが、長くは続かなかった。その後、精神的に不安定になり、精神科に通っていた。妹と別れたことが彼を精神的に追い詰めたようだと、みんな口にはださずともそう感じていた。
その後、連絡がないと思っていたら、『澤谷さんは病院で首つり自殺をした』と聞いた。
「夢には澤谷さんだけ?他には出なかったの?」
妹の名を挙げようとして留まった。妹と妻とはささいな事で言い争いをして、それ以降、僕も妹に遭っていないし、妻にも妹の話題は避けていた。いろいろ気を遣うものだ。
数日後、同じように記憶に残る夢を見た。高校生の時に絵のモデルになってもらった、みんなのマドンナだった奥田さんと、そのころに友人だった仲村がでていた。
これから日替わりで今までに出会った知人が、夢に出てくるのであろうか。人は死ぬ間際に、それまでの人生が走馬灯のように脳裏に思い浮かぶという。ひょっとすると、この知り合いが日替わりで出てくる夢が、僕が死に向かう前準備なのかもしれない。
季節外れの扇風機の風を浴びながら、ふとそんなことが頭をかすめた。