前回に引き続いて鈴木陽介こと「よーちゃん」のお話。
 

彼はもともと両親と八王子に住んでいて、会社に通っていたのだが、大阪に単身赴任となっていた。ぼくがよーちゃんを始めてみたのは、仕事で大阪の事務所に出張した4年前の事。ちょうど彼が40歳のときのことだ。 関連会社の合併によりシステムが大幅に切り替わるということで、東京・品川の課の数名と大阪での説明会に出席した。
 

その説明会は初めて聞く言葉が多くて、なかなか理解できずに耳を素通りしてしまう内容がほとんどだった。『こんな何もわからん状態で、新システムがスタートするのはまずいなぁ』と、不安にかられた。でも今後の知識としてかなり必要な事だと思って比較的、みんなが熱心に聞いたりメモしたりしている中で、一人延々と、居眠りをしていたのがよーちゃんだ。たまに目があくのだが、どうにもがまんできないらしく、また目を閉じている。  
      

つまり説明会のほとんどを寝てすごしていた。起きたのは昼飯のときだけ。そんな調子で午前中が終わり、みんなで外にランチに出かけた。いつも東京のビルのオフィスの中で、1年中、おなじような弁当を食べているので、大阪の街でランチというだけでも気分が違いちょっとした開放感を感じていた。        
         
お目当てのお店へ向かう途中での事。よーちゃんが、ニコニコしながら20代、30代らしきOL数名に話しかけていた。        
         
彼のごきげんなニコニコ顔に比較して、話しかけられている女子は明らかに迷惑そうに眉をしかめてて、彼の話に最小限度の相槌をうっているように見えた。その女子の群れが、お目当てのランチ店をみつけたのか、見えなくなってからぼくはよーちゃんに尋ねた。        
         
「よーちゃん、ナンパしてるの?」        
「いやぁ。同じフロアの経理の人たちに話しかけてたんです。」        
「すっかりナンパしてるとおもっちゃったよ」        
「えへへ・・・」と、妙なテレ笑いをしてにやけている。        


女子達はよーちゃんの知り合いだったわけだ、それにしても彼女らが迷惑そうな顔をしている事にもまったく気が付かず話しかけていたのか?よーちゃんに対して妙に神経が図太く、人に対しての気配りが鈍感な印象を持った。        
         
合併によるお互いのシステムの勉強会は丸二日かけて行われた。情報システムは東京と大阪という東と西に分かれていて、勉強会とは言え東と西のメンバーが全員集まるのはまれなので、交流会をかねての飲み会となった。偶然、僕の横がよーちゃんとなった。        


彼はピアノを弾くといい、僕の息子もピアノを趣味でやっていると、教えたら「僕、ぜひ石坂さんの息子さんに合ってみたいです」なんて言い出す。そもそも、音楽をやっているからと言って20代の息子が父親の同僚の40代のおっさんに興味を持つとは思えないから、なんといっていいかわからなくてぼくは言葉に詰まった。


よーちゃんは重ねて訴える。「ぜひ、会いたいです」        

なんか変な男だなぁという印象がますます強くなった。そもそも彼は、自分の興味のあることには口をはさむが、それ以外の場面ではまるで無口だ。        
         
よーちゃんに話しかけているときに気が付いたのだが、彼の視線はぼくを見ていないときがある。見ていないだけではなくてまるで違う方向を向いている。話しかけても、何を考えているのかわかない場合が多い。視線は、お店の女子従業員に向かっているのか?それともまるで違う世界に意識が行ってしまってるのか?        
         
いっしょに飲んでいた派遣の女子社員の発言、        
「私は、休みの日はよく旅行に行くんです。」その発言を受けてよーちゃんは        
「僕も、休みの日はよく旅行に行くんですよ。」        

と、会話に参加するのだが、そこから会話が発展していくわけでもなく、派遣の方もなんだかよーちゃんと同じ趣味と思われるのが、どこかいやそうなのだ。さらには、同じ東京の課の人は、よーちゃんの質問に対しても本当に上の空でしか答えなくなっている。どことなく異分子に対する意地悪なムードをそこに僕は感じ取っていた。        
         
ともあれ、大阪で初めて会ったよーちゃんの印象はいいものではなかったが、こちらは東京、向こうは大阪で今後かかわっていく事はそんなにないように思えた。そんな思いで、大坂を後にした。        


その説明会から半年後のある日のオフイスのトイレでの事。大用の個室から、一人の小太りの男が歌を歌いながら出てきた。いくらすっきりしたからと言って、歌を歌いながらというのは、ぼくは初めて見たパターンで驚かされた。


それも歌っていたのは”羞恥心”というグループの「羞恥心」という歌。ここで誰もが思う突っ込みは、「おまえが羞恥心を持てよ!」ということだろう。その男はご機嫌でノリノリで歌を歌ったまま手を洗っている。その男は鈴木陽介こと「よーちゃん」だった。


ということで、よーちゃんとの出会いを書いているうちに、長々とここまできてしまった。次回は、その後のよーちゃんの事を書こうと思ってます。
 
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