克美しげる(茂)の名前は、「芸能界は犯罪天国」という本で知った。
「歌手が、殺人を犯した。」という事でぼくの記憶に残った。また、紅白にも出て
いた歌手で、ぼくが幼い頃に夢中で見ていたエイトマンの主題曲を歌っていた
という事も、後で知って驚いた。


● 刑務所でのカラオケ大会
克美しげるは、1976年に愛人を殺害して懲役10年の判決を受け、7年2か月の
服役後、仮出所した。
埼玉県内でカラオケ教室などを開いたりしたが、その後、覚醒剤取締法違反
で実刑判決を受けた。


最近、読んだ金原龍一著作の「私と過ごした1000人の殺人者たち」という本に
も克美しげるが出てきた。

そこでは、刑務所の年に一度開かれるカラオケ大会に向けて、特別コーチを
買って出ていたが、そうした大会では、出れば優勝してしまうので、本人は
出場しなかったエピソードなどが書かれていた。


その克美しげるが、今年2月27日に妻にみとられて亡くなった。
脳出血のため栃木県の病院で死去したことが分かったと、10月2日にニュース
になっていた。75歳。宮崎県出身。葬儀・告別式は近親者で行ったという。

ところで、克美しげるの、37年前の事件とは、どんな事件だったのか。


● 芸能界復帰の邪魔になる
1976年5月8日、羽田空港の警備員が、空港の駐車場に止めてあった乗用車の
トランクから、異臭がする不審な車を発見して警察へ通報した。警察が車のトラ
ンクをあけたところ、元クラブホステスでタレントの岡田裕子(35歳)の死体を発見
した。


犯人は克美しげるだった。一時、芸能界から干されていた彼は、遊興費などで
多額の借金を抱えていた。その借金返済のため、岡田裕子は「ソープランド」で
働くようになった。
それも、克美しげるからは「妻との関係は冷え切っている」「借金返済ができたら
結婚しよう」という言葉を信じ、また彼のカムバックを願って。


裕子の努力が実ったのか、克美はみごと芸能界に返り咲くことができた。と、同時
にソープ嬢の裕子が目障りになっていた。
「裕子は俺の芸能界復帰の邪魔になる・・・・・・」
そう思った克美は、裕子を殺害してしまう。


しかし、克美はすぐに逮捕された。
1976年8月23日、東京地裁は懲役10年を言い渡し確定した。


1996年、(克美が58か59歳の頃)31歳年下の礼子夫人と4度目の結婚をする。
もちろん事件のこともすべて知っていた。礼子さんとはお互いに恋心を抱き、結婚
するが、このときも克美には他に複数の女性がいて、それが弊害になった。
「1人ずつ頭を下げ、別れてもらい、晴れて礼子さんと結婚ができました」

新しく始めたカラオケ教室は、それでも在りし日の克美しげるを知る、熟年の女性
たちが集まり、なんとか生活はできた。

結婚してから暫くして、礼子さんの実家の群馬県館林に住むようになった。

が、その後は心臓病・脳梗塞・顔面麻痺などの疾病に相次いで襲われた。
昨年「車いすでも何でも歌う」と意欲を見せたが、今年2月27日に妻にみとられ
て亡くなった。

参照:【自伝「克美しげる」】“封印”解かれるのか「僕から歌います、とは言えない」
    克美しげるさんが死去 元歌手、エイトマン主題歌
   克美茂・愛人殺害事件(事件史探求) - FC2