芦田愛菜ちゃんの芸能界での大活躍は心配になる。どうみたって子供に
しては働き過ぎだから。
誰か、ストップをかけてくれる人はいないものか?そもそも小学生だと
アルバイトも禁止させられていたように記憶するが、本職としてやってい
る分には、大目にみてくれるという事なのか?
そんな活躍中の芦田愛菜ちゃんにあやかってか、今週号のフライデー
では、『あの子役たちの「絶頂とどん底」』というタイトルで名子役たち、
13名の当時と現在を紹介している。
その中でも、「借金2億円を背負い地獄を見た」という宮脇健の記事が
心に残った。
宮脇健(50)は、今から40年以上前の1967年から10年間続いたドラマ
「ケンちゃん」シリーズで主役を演じた。出演時は本名の「宮脇康之」を
名乗っていた。ケンちゃんシリーズは平均視聴率25%前後をキープす
る人気を誇り、天才子役として持てはやされた。
ぼくも「ケンちゃん」シリーズは、楽しみにして見ていた記憶があるのだ
が、今となっては、「のんびりとしたホームドラマだったよなぁ」ぐらいし
か覚えていない。
でも、宮脇康之の当時のケンちゃんの顔だけは今でも目に浮かんで
くる。
以下、人気絶頂の時期のすごさが、彼の語りからうかがえる。
「40年前、金銭感覚は滅茶苦茶でした。小遣いは毎月数十万円、現在
の貨幣価値なら数百万円です。駄菓子屋さんをまるごと一軒買ったこ
ともあるし、免許もないのに外車を買ったりしていました。」
「毎年、年賀状は十数万通、トラック1台分が届いていました。
ケンちゃんシリーズは中学卒業まで出演しましたが、途中から半ズボン
のケンちゃんのままでいるのがイヤになってしまったんです」
ケンちゃんを降板した後も人気ドラマに出演していたが、1980年、
三原順子(現・参議院議員三原じゅん子)との熱愛が報じられる。世の
中は大人になったケンちゃんを受け入れてはくれなかった。
その後、日活ロマンポルノ「(本)噂のストリッパー」に主演、周囲を驚が
せた。その頃から宮脇の運命が暗転する。
「その頃、父親が連帯保証人となって借金数千万円を背負い、両親が
離婚したんです。僕が稼いだギャラも、その返済のために消えてしまい
ました。一家は離散し、僕はアパートで一人暮らしを始めたんです。
それから全国を転々としながら、ハイヤーの運転手、ディスコの黒服、
浪人中の政治家秘書など、さまざまな仕事に就きました。そして、僕
自身も騙されて保証人になってしまい、2億円近い借金を背負ったん
です。電気やガスも止められ、地獄のような毎日でした。」
1996年に結婚し、子供も生まれたため、必死で働いた。
還元水生成器のビジネスが当たり、結婚9年後には借金を完済できた
という。
かれの波乱万丈な半生は、「ケンちゃんの101回信じてよかった」とい
う本に宮脇康之の著作名で詳しく書かれている。
この本には、人気絶頂の子役スターが、子役というキーワードがなく
なってしまったときの人生の難しさと、一度味わってしまったお金の
怖さが書かれている。買ってすぐに夢中で一気読みした覚えがある。
フライデーの記事の最後で、「子供が芸能界に入りたいと言ったら?」
という質問には、宮脇はこう答えている。
「子供の意思を大切にしたいから、反対はしません。ただ、芸能界の
厳しさを知っているので、複雑ですね。
それに、僕は今が一番幸せですから……」
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参照:FRIDAY(フライデー) | 芸能スクープNo.1雑誌 講談社
