今から14年前の3月に起こった東電OL殺人事件。
犯人とされた元飲食店員ゴビンダ・プラサド・マイナリ(44)が、冤罪
の可能性があるということで、最近またニュースでその事件をよく読む。


● 渋谷の空き部屋で絞殺死体
ラブホテル街として知られる東京都渋谷区円山町。
事件は平成九年の3月19日に、この地にある古い木造2階建てのアパート
の1階の空き部屋で、OLの渡邉泰子さん(39)が絞殺死体で発見され
たことから始まる。

家主からアパートの管理を任されていたネパール料理店の店長が部屋の
異変に気づき警察に通報したことで事件が発覚した。


下着には乱れはなかった。長い髪の毛にはなぜかボールペンが絡まって
いた。死体の頭部の近くには取っ手が根元からはずれたショルダーバッグ
があり、口が開いていた。
バッグの中にあった現金は473円、未使用のコンドーム28個、名刺
入れの中の名刺には、
『東京電力東京本社 企画部 経済調査室副長 渡邉泰子』とあった。


東電社員4万3000人の中から選ばれた10数名のキャリア組の一員で
あった。昭和61年11月、経済論壇の登竜門と言われる東洋経済第3回
「高橋亀吉記念賞」に彼女の論文が佳作入選している。「女性の論客と
して評価したい」と審査員の竹内宏(日本長期信用銀行常務取締役:当時)
から評価されるほど高レベルな論文だったという。


彼女は身長169センチに対し体重44キログラムであり、拒食症という
摂食障害があったようだ。また、トイレの中の和式水洗便器のブルーレット
水溶液内には使用済みのコンドームがあり、コンドームの中には精液が
あった。


謎とされる物証があった。彼女の定期入れである。
渋谷とは方向違いの巣鴨の民家に捨てられていた。彼女の通っていた渋谷
区円山町の最寄り駅は、山手線渋谷駅か井の頭線神泉駅であり、巣鴨の
民家に近い駅は都電荒川線新庚申塚(しんこうしんづか)電停であり、
路線的にはまったくの方向違いであった。


定期は殺害があったとされた8日から1週間前の3月1日に購入したも
ので、有効期限は8月31日まであり、泰子本人が捨てたとは考えられ
なかった。捜査本部は犯人が捜査の撹乱を狙って無関係な場所に捨てたも
のとみていた。


検死の結果、殺害されたのは3月8日の夜から9日の未明。後日、捜査
本部は、アパートの隣のビルに住むネパール国籍のゴビンダ・プラサド・
マイナリ(当時30歳)を逮捕する。彼が殺害現場である101号室の
鍵を保持していたことと、事件当日に被害者と共に101号室へはいっ
たのを目撃したという証言が逮捕の決めてとなった。

弁護側は無罪を主張したが、女性の首を絞めて殺害、現金約4万円を奪っ
たとして無期懲役が確定した。


● 昼とは全く別の夜の顔
被害者である、渡邉泰子さんはエリート社員だった。
会社では仕事を完全にこなしていたが、服装は地味で、人付き合いもな
く、これといった男性との噂も聞かず、孤立した存在だったという。
父親は東大出身で、母親は日本女子大出身、妹は東京女子大を出て大手
電器メーカーに勤めている。


昼のエリート・キャリアウーマン渡邉泰子さんには全く別の夜の顔が
あった。夜は売春婦をしていた。

彼女は殺害される10年ほど前から、平日は定時退社し、毎夜、円山町の
ホテル街で売春を行った。それから終電で帰る生活を送っていた。
1日4人の客をとる”ノルマ”を自分に課し、たとえ数千円しか持って
いない客とでも駐車場や路地裏に連れ込み性行為に及んでいた。


夜の円山町ではちょっとした有名人だったという。
作家・本橋信宏氏の知人で、この地でヘルス店を経営する店長には、こん
な記憶があったという。
「顔中白く塗っているんで、目立っていましたよ。コンビニで電話をかけ
たり、パンを買ったりしてました。テレクラに電話をかけて、客をとって
いるのかなと思いましたけど」


また、会社が休みの土日祝日は、昼から夕方まで五反田にあるSMクラブ
「マゾッ娘宅配便」に行き、1回一万5千円で客をとっていた。そして、
夜は再び渋谷で売春。
当時はそのことがセンセーショナルによくマスコミに取り上げられていた。


被害者の不可解な行動は、それだけではなかった。
終電の中では一目もはばからず菓子パンにかじりつき、道端に落ちている
ビール瓶を酒屋に持ち込み1本5円で換金したと言われている。
さらに、その小銭を集めて、百円玉に、百円玉がたまると千円札に、そし
て千円札がたまると一万円札に“逆両替”。

コートの裾をたくし上げて路上の暗がりで立ち小便をし、ホテルの蒲団に
は小便だけではなく大便まで漏らしたともいう。


この殺人事件の事に関しては、佐野眞一の本も読んだのだからもう少し、
記憶に残っていてもよさそうなのに、ほとんど覚えていない。いろんな人
の彼女に対する考え方を集めた続編・『東電OL症候群(シンドローム)』
まで出て、これも読んだ。
でも、こちらも同じように記憶からほとんど消えている。


覚えているのは、同じ東電のOLに、彼女が夜に売春行為を行っていたこ
とに関して聞いてみた時に返ってきた回答だ。
「私も、心情的に彼女のした行為がわかる。たまたま私はそのような行為
に踏み込む機会と勇気がなかっただけ」というような発言をしたことだ。
この発言に関して佐野眞一は、とても驚いて書いていた。


佐野眞一が書いた2冊とも、東電OL殺人事件の被害者の心の闇、もしく
は孤独感のようなことに焦点を当てていたように覚えている。少し作者の
渡邉泰子さんに対するが思い入れが強すぎて、もう少し冷静に書いてほし
いと思ったものだ。


● 訴え続ければ無実は明らかになる
さて、逮捕されたネパール国籍のゴビンダ・プラサド・マイナリ。彼は一貫
して殺害を否認している。

2000年4月、東京地裁は「立証不十分」として無罪を言い渡している。
しかし、同年12月、逆転判決を下した。

2003年10月、上告を棄却して、マイナリの強盗殺人罪による無期懲役が

確定した。だが、冤罪を訴える声は根強く、彼の支援団体や弁護団は

積極的な活動を続けている。


2005年3月には、東京高裁に再審請求、新証拠として、「体液が残され

たのは女性が殺害された日より前」と結論づけた法医学の鑑定書を提出

した。


2011年7月21日、東京高検が被害者の泰子の体から採取された体液の

DNA型鑑定を行った結果、精液は同受刑者以外の男性のもので、

そのDNA型が殺害現場に残された3本の体毛と一致したことがわかった。
また、東京高検が警察庁のDNA型データベースに照会した結果、

一致する人物がいなかったことも分かった。


マイナリ受刑者は7月21日、「あきらめずに訴え続ければ無実は明らかに

なると信じていた」と語った。
同日午後、横浜刑務所で面会した「無実のゴビンダさんを支える会」の
客野(きゃくの)美喜子事務局長が明らかにした。


弁護団は「第三者が犯人である可能性が極めて高い」として、高裁に

鑑定書を新証拠として提出した。
被害者の泰子が第三者と現場の部屋に行った可能性が浮上し、再審が

開始される公算が出てきたが、別人が犯人であることを直接示すもので

はなく、検察側は再審請求審での有罪主張を維持する方針。


ゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者(44)の妻と兄が来日し、9月12日午前、

横浜刑務所で受刑者と面会した。
面会でラダさんは、「新しい鑑定でいい結果が出たので、一日も早く家族

のもとに戻ってきてほしい」と伝えたという。

インドラさんは、77歳になる受刑者の母の写真を渡した。
「重いぜんそくを患う母は、どうしても死ぬ前に息子に会いたいと思い

ながら生きている」と語った。


参照:東電OL殺人事件  無限回廊 endless loop
   戦後"異常"殺人事件史 (宝島SUGOI文庫)

   戦後重大事件プロファイリング (宝島SUGOI文庫)