本屋で立ち読みをしていて、おもわずひきこまれた本がある。
「トラウマ映画館」というタイトルで町山智浩氏が書いた本だ。


この本には、著者が見た映画のストーリーを中心に書かれている。
『忘れられたくても忘れられない、観ても楽しくはなかった。
スカッともしなかった。それどころか、観ている間、グサグサ
と胸を突き刺され、観終わった後も痛みが残った。』
そんな映画を紹介している。


● 青いフォードに乗った男
ぼくが立ち読みした部分では、「眼には眼を」という1957年の
作品を紹介していた。

そのストリーは・・・・・・

主人公は都会の病院で働く医師のヴァルテル。
医者の自宅に、青いフォードに乗った男が訪れる。同乗する妻が
腹痛を訴えているという。


ヴァルテルは、「自宅だから手当できない」と断り、「病院に行き
なさい。車で二十分だ」という。

翌日、病院に出勤する途中でその断った女性が、死んでしまった
ことを知る。

「昨夜、急患を救えませんでした」研修医は報告する。
遺体安置所に眠る美しい女性を見てヴァルテルは何かを思う。


やがてその医者の自宅に無言電話が、ひっきりなしにかかってくる。
そこで病院に泊まることにすると、窓の前に青いフォードが停まって
いる。彼を責めるように。


ヴァルテルは酒に逃避して夜の街をさまようが、行く先々にダーク
スーツとサングラスの男が現れる。妻を失った男ボルタクだ。

ヴァルテルはボルタクの自宅を突きとめてドアを叩く。
「ボルタクさん!いるんでしょう? 言いたいことがあるなら聞い
てやる!」
しかしドアは固く閉ざされたまま。


ヴァルテルは、逃げるボルタクを追ってラヤという町に車を飛ばす。
着いた時にガス欠になりガソリンは朝まで届かない。泊まるところ
もないので、ボルタクは、ヴァルテルを泊まらせる。


ヴァルテルは遺族に囲まれる。大事な娘を失った両親は押し黙り、
ヴァルテルを睨む。
幼い娘は母の死を知らず「ママは入院しているの」と聞く。


翌朝、ガソリンを届けにきた男が「山奥の村で医者を必要として
います」
と話す。ヴァルテルは迷わず、現場へ向かう。

患者は一族の長らしい老人で、胸の傷が化膿していた。ヴァルテル
はペニシリンを注射しようとしたが、族長の体に針を刺すのは許さ
れない。

「勝手にしろ!」ヴァルテルは帰ろうとするが、車のタイヤが盗ま
れていた。


● すべては貴様が
ラヤの町までは二百キロ。バスは四日後。
族長が死んだので、彼の一族がヴェルテルのせいにして命を狙い
始めた。
そこにボルタクがいた。


「わかった。すべては貴様が仕組んだな!」
ヴァルテルはボルタクに詰め寄る。
「そんなに私が憎いか?奥さんは気の毒だったが、君の車が故障し
たのも私のせいか?文句があるなら言え!」

サングラスに隠れてボルタクの表情は見えない。
「私もラヤまで歩きます。ご一緒しましょうか?」ボルタクは独り
で歩き始める。


岩だらけの山道。じりじり照りつける太陽。憔悴しきったヴァル
テルの行く手にボルタクが先回りしている。彼は疲れている様子も
ない。
「これに乗りませんか?谷を渡れば首都ダマスカスですよ」
そう言いながらボルタクが乗ろうとするのは、ケーブルから畳一畳
ほどの板をぶら下げただけのロープウエイ。


ロープウエイは何時間もかけて深い谷間を超え、終点に着いた。
街などない。見渡す限り人家もない、灼熱の砂漠だ。
「貴様! 騙したな!」
「街はあの山の向こうですよ」
ボルタクが指差した山を必死に登ってみるが、その向こうにも砂漠
だけ。


日が暮れて、疲れ果てたヴァルテルは眠りに落ちるが「眠るとジャッ
カルに喰われますよ」とボルタクに叩き起こされ一睡もできない。
ボルタクを殺したいが、殺したら道がわからない。この砂漠では彼に
従うしかない。


ボルタクはあくまでニコニコと親切そうにふるまう。ヴァルテルに
希望を抱かせてはそれを打ち砕く。この神経戦は延々と続く。
ヴァルテルはついにひざまずき、「もういい。さっさと殺してくれ」
と懇願する。
観ているほうも同じ気持ちだ。


そして「やっと言いましたね」ボルタクは初めて感情を見せる。
その後にもこの物語はもうひとひねりある。
恨みを持った人間の底知れぬ怖さを感じさせる。
気になる方はぜひ、「トラウマ映画館」を手にとって読んでみてく
ださい。


この映画の紹介は合計で10ページほどあった。
そこで立ち読みを終えて、本屋を出たのだが、どうにもその本が
気になってしょうがない。
『ブックオフに、出廻るまで待とうかな?』と思っていたのだが、
待ちきれない気がしてくる。


町山智浩氏は、自分自身のトラウマ映画を紹介しているのだが、
彼の本が紹介した内容自体が、今度はぼくのトラウマになってし
まったようだ。

「いったい、他にはどんな映画を紹介しているのか?」
結局、その本を買った。


● ある戦慄
ぼくが昔、TV映画で見て、今ではタイトルも忘れてしまっている
のだが、ストーリーが記憶から抜けない映画がある。
その映画は、地下鉄で悪さをするチンピラ二人組の物語。


その映画も紹介されていて、そのタイトルは「ある戦慄」という。
1967年のアメリカ映画。


ぼくは中学1、2年の頃に観て、あまりの迫力に心臓がバクバクした
ことを覚えている。今はやりのアクションがどうこうという映画では
ない。

狙いを定めた相手の弱点を、心理的に的確に突き、極限状態まで追い
詰めていく。


チンピラの、そのヌメっとしたいやらしいまでの不快感がすごかった。
その映画が今に至って、「トラウマ映画館」という本の中で蘇ったの
が嬉しい。


参照:トラウマ映画館 町山智浩(まちやま・ともひろ)