去年の週刊文春の書評でも紹介されていた、西村賢太の私小説が面白かった。
 本のタイトルは「暗渠の宿」。

 この小説は野間文芸新人賞を受賞している。

 ちなみにタイトルの暗渠(あんきょ)とは、「覆いをしたり地下に設けたりして、外か

 ら見えないようになっている水路」のことを言うそうだ。

 もう一編、収録されているのはけがれなき酒のへど
 こちらがまた強烈だった。
 「私はしみじみ女がほしい」ありきたりな相思相愛の恋人が欲しかったのである。  
 と思う作者はその思いがかなわないことから、ホテトル嬢を呼ぶ。
 しかし、最も嫌いなタイプの女に当たってしまう。

 その嫌いな女をチェンジしようと思い、自分を見たホテトル嬢の目にも失意の
 色を見る。
 「筆先を自身にも向ける描写がユーモラス」と週刊文春に坪内祐三氏は書い
 ているが、サメにはユーモラスというよりは何か自虐的に思え、自分の心を
 言葉で引き裂いているようにも感じられる。

 「しかし先様の方でも水死した金太郎、と云ったところの青むくみの顔に、全体
 としてしまったところのないトドのような体つきの私を見るその吊り目にはハッ
 キリ失意の色を浮かばせていたから、これはこの際、チェンジを申し出ていた
 ほうがお互いの幸せであろうと思っていると、・・・・」

 この、気乗りがしないホテトル嬢ともさんざんな結果で終り、その後の好きに
 なったソープランド嬢とも失恋で終わってしまう。
 ありきたりな相思相愛の恋愛を望む彼は、夢かなわぬままに年下の友人と
 自分の話を肴に酒を飲む。すると、その友人から見下した嘲りを受ける。

 その友人を外に引きずり出して軽い暴行を加えると、彼は口惜しそうな震え声で
 言ってくる。

 「だから飲みたくなかったんだよ。本当に最低の奴だよな、おめえは自分で
 性格破産者とか破綻者とかぬかしていい気になってるけどよ、そんなの褒めら
 れることじゃねぇんだよ。てめえで自覚があるんなら人に迷惑かけねえうちに
 入院するか刑務所に入るかしてくれってんだよ。

 だから恋愛感情を利用されて金取られるみてえな、男として最悪の騙されか
 たもするんだ。はっ、おめえみてえな奴は死ぬまで彼女なんできねえよ、ざま
 あみろ」

 まことに強烈な私小説。サメも買ってアッとゆうまに読み終わってしまった。
 解説の友川かずきも激ホメ。
 「よわい五十九になって、まさか一人の作家にこんなにものめり込むとは思っ
 てもいなかった。」

 

 

暗渠の宿 (新潮文庫)/西村 賢太
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