ぼくがまだ東北の高校生だったころ、姉は東京の銀行に就職。
その姉が夏休みに帰ってきたときに面白い話しをしてくれた。

「東京の電車は、痴漢だらけよ。もう人のお尻ばっかり
狙ってきて・・・あんまり毎日しつこくさわるもんだから、
針を手にもってね。触ってくる人の手には、針をチクって刺して
やるのよ。

ある時、本当にしつこい痴漢がいて、いつものごとく指先
狙ってチクチク刺してるんだけど、やめないのよ。
それで頭にきちゃって、ズブッて・・・思いっきり刺したら
針がなんと貫通しちゃって。」

「痛ぇ~~」
聞いているだけで、痛さがつたわってきそうで、その頃高校生の
うぶだったぼくは悲鳴をあげた。

「しかし、そこまでしてさわりたいもんかねぇ・・・」
と、まだ本当に純なぼくは思ったものだ。
痴漢の気持ちなんて、
な~んもわからなかったものだ。
時は流れ・・・・  

ぼくは、姉と違い、まず田舎から飛び出した先は名古屋だった。
名古屋の芸大に受かってしまったのだ。
ぼくは『芸術家志望』だった。

月日はドンドコ流れ
今や、サラリ-マンとなったぼくは完全な
『芸術家死亡状態』ではあるが・・・

まあそれはともかく時をまた、10代の頃に戻し・・・

大学の為に行った名古屋は本当に暑かった。

部屋はボロアパートで、隣りの音はつつぬけだった。
隣りのおっさんのいびきまで聞こえてくる。
たまには、エッチの声や音までも・・・というおまけでもついて
いればいいが、それはまったくなし。
「子供二人いて、もうたくさん」と、夫婦ともども思っていたの
だろうか。

ぼくのほうは、
大学に行かず近所のポルノ映画館に毎日ように足を運んで
いた。それは完全な現実逃避だった。
その頃から既にポルノ映画が一番の娯楽だった。

アパートはもうボロッちくて
大きな大きなゴキブリが、壁によく止まっていた。
青森ではあまり見たことがなかったので、本当に驚いたものだ。

ゴキブリとのにらめっこばかりしているうちに、芸大を何と3ヶ月
で中退し、「我の実力を発揮して、天下を取るぞ!」といさましく
絵の道具と情熱だけを荷物に持って、東京に向かった。

東京で朝、電車に乗ったときに驚いたある光景。

つり革につかまっている女の人が外の景色をながめ
ながら、怒っている。顔が険しいのだ。

「なぜかなぁ?よっぽどイライラする出来事があったのかなぁ
それとも単に怒りっぽい人なのか?」
などど思いながら、その20代後半の女性を見ていて
気がついた。

後ろのおっさんが、その女性のお尻に手のひらをあてて
いるのだ。
手がすいつけられてるがごとくピタッと、吸盤のように。

『これが、姉の言っていた痴漢かぁ。』
ぼくはひとつ納得いかなかったのは、そんなにイヤだったなら
その手を振りほどくか、痴漢おっさんをさけて場所を移動すれば
いいのに、なぜそこにジッとしているかということだ。

そんなに、シャイにも見えないその女性はなぜ抵抗しないのか?
にらみつけることすらしないで、外を睨みながら何を考えて
いるのだろう?
ぼくにはどうしても納得のいかない光景だった。