シンガサリ王朝最後の王の霊廟 チャンディ・シンゴサリ | 鮫鰐通信

鮫鰐通信

バリで5年暮らした後スラバヤ駐在の旦那サマと結婚。スラバヤ生活5年半を経て、2016年4月末に本帰国しました。
       島が変われば品変わる。フリーライター系駐在員新妻のスラバヤあれこれ、時々猫とバリ。

私がかつて住んでいたバリ島は、世界最大のイスラム国・インドネシアの中では特異な、島民の95%以上がバリ・ヒンドゥーを信仰する土地です。元々あった土着の山岳信仰、自然霊・祖先霊崇拝に、インドからジャワを経由して入って来たヒンドゥーが合わさったもので、本場インドのヒンドゥーとは大きく異なります。

そもそもバリにヒンドゥーが流入したのには、マジャパヒト王国の興亡が大きく関わっています。
インドネシア史上最大の権勢を誇ったマジャパヒトが、イスラム勢力に押され、バリ島へ逃げ、そこでヒンドゥー文化の花を咲かせた———と、ざっくり言えばこういうことなのですが、詳しい説明はモジョケルトの遺跡巡り記(3ヶ月も前にとっくに行ってるのに、まだ記事にできてない汗)に譲るとして。


そのマジャパヒト王国成立前、カリマンタンからジャワにかけて、土着信仰に仏教・ヒンドゥー教が混じり合った信仰を持つ王朝がいくつも存在しました。マジャパヒトの前身となったシンガサリ王国もその一つです。

シンガサリの歴史は、1222年、クディリ王国を破ったケン・アロックによって始まります。初期はお家騒動でくるくると王が代わりながらも東ジャワ一の大国となった王国ですが、マジャパヒトに取って代わられるまでの期間はたったの70年。在位した王は5人で、インドネシアのヒンドゥー時代における繁栄を築いたとされます。

その5代目にして最盛を誇った王、クルタヌガラの霊廟が、チャンディ・シンゴサリです。

$鮫鰐通信-シンゴサリ


これはクルタヌガラの娘婿が後にマジャパヒト王国を建国した後に、名宰相ガジャ・マダによって、大国家建設の満願成就として建てられたものだそうで、ヒンドゥー文化が色濃く繁栄されています。

ゲートのように見えるいくつもの縦長のスリットには、正面にリンガ、他のそれぞれにも神像が収められていたようですが、オランダによってほとんどが持ち去られ、今は空洞を残すのみとなっています。


この遺跡、今は周りは住宅街になっていて、普通の家並みが続く中にいきなりどんとそびえているんです。日本だったらもっと広いスペースをとって、周りからもなにか発掘されないか調べたりするんでしょうが…そこは流石インドネシア、と言った所でしょうか汗