そもそもバリにヒンドゥーが流入したのには、マジャパヒト王国の興亡が大きく関わっています。
インドネシア史上最大の権勢を誇ったマジャパヒトが、イスラム勢力に押され、バリ島へ逃げ、そこでヒンドゥー文化の花を咲かせた———と、ざっくり言えばこういうことなのですが、詳しい説明はモジョケルトの遺跡巡り記(3ヶ月も前にとっくに行ってるのに、まだ記事にできてない
)に譲るとして。そのマジャパヒト王国成立前、カリマンタンからジャワにかけて、土着信仰に仏教・ヒンドゥー教が混じり合った信仰を持つ王朝がいくつも存在しました。マジャパヒトの前身となったシンガサリ王国もその一つです。
シンガサリの歴史は、1222年、クディリ王国を破ったケン・アロックによって始まります。初期はお家騒動でくるくると王が代わりながらも東ジャワ一の大国となった王国ですが、マジャパヒトに取って代わられるまでの期間はたったの70年。在位した王は5人で、インドネシアのヒンドゥー時代における繁栄を築いたとされます。
その5代目にして最盛を誇った王、クルタヌガラの霊廟が、チャンディ・シンゴサリです。
これはクルタヌガラの娘婿が後にマジャパヒト王国を建国した後に、名宰相ガジャ・マダによって、大国家建設の満願成就として建てられたものだそうで、ヒンドゥー文化が色濃く繁栄されています。
ゲートのように見えるいくつもの縦長のスリットには、正面にリンガ、他のそれぞれにも神像が収められていたようですが、オランダによってほとんどが持ち去られ、今は空洞を残すのみとなっています。
この遺跡、今は周りは住宅街になっていて、普通の家並みが続く中にいきなりどんとそびえているんです。日本だったらもっと広いスペースをとって、周りからもなにか発掘されないか調べたりするんでしょうが…そこは流石インドネシア、と言った所でしょうか

