1977年4月に薬剤師として大学病院で働くようになってから、何度か “大きな波” を経験しました。例えば、1990年代は「病院業務の電算化」です。

 

 そして、2000年前夜に、新しい “大きな波” が襲ってきました。それは、当時、「新GCP」と呼ばれたもの。新薬申請のための臨床試験の実施体制の国際標準化です。今回は、その「新GCP」への対応の経験について紹介します。
 
「新GCP」って、一体、どんなもの ?
 1997年,アメリカ合衆国、ヨーロッパ諸国と日本の3極の合意を基本にした新しい臨床試験の実施基準「GCP(Good Clinical Practice)」が厚生省(当時)から省令として通知され、1998年から完全適用されることになりました。この新しいGCPは、1989年に通知された「旧GCP」と区別して、「新GCP」と呼ばれました、

 その後も、GCPは何度も改正されましたので、混同を避けるため、個人的には「J-GCP 1997(J-GCP'97)」と呼んでいます。このため、本コラムでは、「新GCP」ではなく「J-GCP '97」という用語を使用します。
 
 「J-GCP '97」で求められたことを図にまとめました。特に、赤字部分に注目してください。
 
必要になった「治験支援スタッフ」の養成
 新薬承認申請を目的とした臨床試験(治験)を「J-GCP '97」実施するにあたり,特に、被験者対応と製薬会社のモニタリング対応業務を支援するスタッフの養成が必要となりました。その対応として、厚生労働省(当時は、厚生省)、文部科学省、日本看護協会、日本病院薬剤師会や日本臨床衛生検査技師会が主催する CRC養成研修会が始まりました。
 
 この「治験支援スタッフ」は、厚生省の研究委託を受けた「治験支援スタッフ養成策検討作業班(井部 俊子 班長)」で USA の research nurse をモデルにして検討され、1998年に「治験コーディネーター」という名称が付けられました。その後、支援範囲が臨床研究全体へと拡大していく中で、その名称は「CRC(Clinical Research Coordinator)」へと変わっています。

 

 治験スタッフの養成研修会は、1998年5月に日本看護協会が開催したものが最初です。続いて、1998年8月に3日間の日程で、日本病院薬剤師会主催の「薬剤師治験コーディネーター養成研修会」が東京で開催されました。この運営に当たったのは、日本病院薬剤師会「新GCP対策特別委員会(神谷 晃 委員長)」です。

 

 養成研修は計40時間(例.8時間×5日間)が求められましたが、薬剤師の場合、5日間連続で職場を離れることは難しいと考え、「8月に3日間(part 1)+ 翌年1月か2月に2日間(part 2)」という形で行いました。

 記念すべき第1回目のプログラムは、次のような内容です。治験の理解に必要な「J-GCP '97」の知識、臨床薬理学、生物統計学などの基礎から、治験薬概要書・治験実施計画書の読み方などの実際と薬剤師CRCが目指すべき方向性などの実務面までCRC業務の全体を含めています。

※このプログラムを見ると、何度も“大きな波”の中に投げ込んでくださった市村藤雄先生(故人)や、月イチのWeb Meetingを続けている土屋文人先生の名前があります。

 

 この研修会の講義内容は、研修会に参加されなかった人も活用できるようにと、「じほう」から講義録として出版されました(2000年3月)。

 

 また、part 2の研修では、参加者の中から所属施設での取り組み状況を“講師”として報告していただくことにしました。この意図は、“講師” であれば、施設長に依頼状が届くことで、薬剤師が CRC として業務を行っていることを施設長は認識することになります。これは、神谷委員長のアィディアでした !!

 

「事務局研修会」ではなく「CRC養成研修会」を優先

 「J-GCP '97」対応に備えて、事務局対象の研修会開催の強い要望がありました。それに対して、 薬剤師は,事務的な仕事(医薬品購入管理,麻薬管理,薬事委員会事務局など)に慣れているので、急がなくても当面は対応できるだろうと判断しました。また、治験支援スタッフの検討が看護領域で行われたため、1998年時点では「CRC業務は看護師」という流れがありました。
 

 新薬開発から臨床使用まで連続した業務を行うことは、薬剤師にとって重要です。1998年は、1988年の診療報酬改定での「入院調剤技術基本料」新設後から10年が経過していました。その10年の病棟業務で蓄積した患者ケア業務経験を生かして、病院薬剤師は「未開拓のCRC業務」で活躍できるようにすることを優先すべきということで委員会は一致しました。

 

 これを提案された神谷委員長の判断は、正しかったと思います。その結果、国立病院機構と国立大学病院の“薬剤師CRC”の定員配置が進みました。
 ①国立病院機構 : 2006年 8 月現在、計 143 名(薬剤師 75 名、看護師 68 名)
 ➁国立大学病院 : 2003年度現在、16大学に32名(薬剤師、看護師各 16名)

 

 2002年、この委員会は「臨床試験対策特別委員会」に名前を変えて、新しいメンバーで8年間にわたり活動を続けました。その活動内容は、次回のコラムで紹介します。

 

 また、CRC養成研修会の開催団体が減ったことから、日本病院薬剤師会は、2009度から、非会員の方(職種および医療機関やSMO等の所属を問わず)にも参加対象を拡大しました。これもまた、“薬剤師 CRC ” の存在への認知を増加させたと思います(日本病院薬剤師会主催の研修会で。正式に「他の職種まで参加対象を拡大」したのは、本委員会が初めてなのではないでしょうか)。

 

 現在も、日本病院薬剤師会だけは「CRC養成研修会」を継続しています。2023年の第26回研修会も、名称が示すように進歩した「臨床研究推進委員会(近藤直樹 委員長)」によって運営され、これまでの薬剤師受講者は3,000人を超えます。

 

 先に紹介した講義録(じほう)の紹介には、「新GCPの完全施行伴い、病院において治験コーディネーター(CRC)として、薬剤師が出来ることは何かを見出し、すべきことを確立し、CRCを薬剤師の職能の一部にすることを目的に企画された研修会講義録です。(原文のまま)」と書かれています。その目的は達成され、CRC業務は、現在、薬剤師の活躍の場のひとつになっています。

 

★余談ですが・・・
 この委員会活動を通して、神谷委員長から学んだことは多くあります。特に、①委員会メンバーと講師人選時の「所属母体と職種に偏りはないか?」と「実務担当者かどうか?」の2点・・・とても大切だと思っています。

 

  また、研修会期間中は、毎晩、終了後に会場近くの居酒屋で、講師を交えて会費制の「交流会(自由参加)」を開きました(会場探しはワタシの担当)。この交流会を通して、研修会参加者同士だけなく、他の職種、製薬会社の開発担当者や行政関係者など、立場の異なる多くの方々と知り合うことができました。