自信があるアィディアでも、必ずしも実現するわけではありません。

今回は、2度の挑戦にもかかわらず、不発に終わった取り組みを紹介します。

 

1998年4月、診療報酬改定で「入院調剤業務基本料(いわゆる“100点”業務)」が新設されました。これは、病棟業務を目指す病院薬剤師にとって、画期的な出来事でした。

 

この診療報酬改定によって薬剤師の病棟業務が拡大し,それに伴い、病棟での注射用製剤(以下、注射剤)混合時のトラブルに遭遇する機会が増えると予想しました。
 

注射剤は、血管内に直接投与されることが多く、また、価格も高いことから、患者の安全確保と病院経営の両面で薬剤師が貢献できると考えました。具体的には、配合変化に伴う「投与時のトラブル」と「廃棄による損失」を回避することです。

 

金沢大学病院での最初の挑戦
肉眼で気づく外観変化の多くは、(1) pHの変化による溶解性の低下と(2)不溶性の化合物の生成によるものです。


当時、pH変動試験の結果や混合の結果を書籍がありましたが、混合結果のほとんどは注射剤Aと注射剤Bの2剤のもの、そして、臨床での混合割合と異なるものでした。

そこで,臨床現場で行われている注射剤の混合で生じた外観変化の情報を収集・蓄積して、それを全国の医療機関で共有できる電子的システムを作ることを考えました。

 

金沢大学病院で薬剤師として働いていた時、医療情報部の分校久志先生に相談し、分校先生の協力で「WWWを利用した注射剤混合時の外観変化情報入力・検索システム」が出来上がりました。このシステムの最大の特徴は、図のように、変化が起きている部分を示すというアィディアを導入した点です。これにより、変化の原因究明がしやすくなると考えました。

WWWを利用した注射剤混合に伴う変化情報入力・検索システムの構築
古川裕之,分校久志,西村久雄,宮本謙一,佐藤 保,岩本喜久生,折井孝男,伊賀立二,木内貴弘,櫻井恒太郎。医療情報学,20(3):199–207,2000

 

当時、全国の国立大学病院を電子的に結ぶ「大学病院医療情報ネットワーク(University Medical Information Network : UMIN)というものがあり、部門毎に小委員会(例.薬剤小委員会)が設けられていました。
1989年7月~2007年3月に薬剤小委員会に所属し、委員長を務めていた機関(1997年3月~1999年3月)に、システム構築に取り組みました。

 

前委員長の西村久雄先生(島根医科大学病院)らの協力により、データベースへの試験的登録を進めましたが、残念ながら全国立病院には広がりませんでした。
診療報酬改定というタイミングを合わせた計画でしたが,国立大学病院において病棟業務の拡大が予想以上に進まず,システム導入時期が少し早すぎたのかなぁ・・・と受け止めました。


山口大学病院での2度目の挑戦
2回目の挑戦は、山口大学病院へ異動(2010年)後です。

2012年4月、再び、薬剤師の病棟業務拡大の後押しとなる診療報酬改定がありました。それは、「病棟薬剤業務実施加算」の新設です。週20時間の病棟業務が “算定要件”でしたので、今度こそは・・・と期待しました。

形にしてくれるパートナーがいないと、アィディアは実現しません。当時、医薬品情報室を担当していた幸田恭治先生に相談したところ、「Access(Microsoft社が提供するデータベース管理ソフト)」を利用したシステムを作ってくれました(Muito Obrigado !!)。

 

各病棟を担当する薬剤師は全員 iPad を持っていたので、病院内ネットワークを通してデータ入力すると、医薬品情報室のサーバーに蓄積するというシステムでした。10数年の間に、入力が楽になりました。

 

システム完成後、幸田恭治先生は、業界誌の取材を受けています。

PharmaTribune vol.5, No.5, p.28, 2013


薬剤師の増員が認められ、全病棟に業務が拡大したのに、期待に反して、データベースへの情報登録は進みませんでした。
その理由をスタッフに尋ねると、払い出し時に注射薬の混合について十分な確認を行っているとのこと。

そうでした !!
山口県には、県内の病院薬剤師によってまとめられた労作「監査マニュアル」があり、1998年から、各医療機関で薬剤師による注射剤混合時の変化を未然に防ぐ対応がとられています。


山口県病院薬剤師会 注射調剤特別委員会編集「注射薬調剤監査マニュアル 改訂版」(2002年、エルゼビア・ジャパン)※初版は、1998年2月発行(ミクス)

注射薬調剤鑑査マニュアルの活用状況とその評価 
石本敬三, 内田 豊, 神谷 晃,中原 優, 山崎 富士子, 山本 武史, 木村 福男, 西村 弘, 三谷 雅子, 吉田 哲也, 山本 和宜
病院薬学 25(5):576-581, 1999

新参者の2度目の挑戦も・・・不発に終わりました。

 

蓄積型データベースの構築の必要性

情報通信技術の進歩によって、すでに蓄積されている過去の情報の中から必要な情報に効率よくアクセスできるようになりました(リタイアした現在も、趣味の世界で、とても助かっています)。

 

一方で、日々の業務を通して得られる新たな情報を収集し蓄積することも大切です。薬剤師にとっては、それは、患者で認められる新薬の有害作用(薬物有害反応)と注射剤混合時の変化に関する新たなデータを蓄積することです。さまり、蓄積型データベースの構築です。

 

このコラムで紹介した「注射剤混合時の変化」に関する情報収集システムが、その具体例です。

 

また、患者で観察される「約九物有害反応」の例としては、DI online のコラム「STOP!メディケーションエラー」の「COVID-19ワクチンの副反応モニタリングを薬局で(2020/12/16)」で、ワクチン接種後の副反応を薬剤師が共同で収集するモデルを提案しました。

 

こちらが、その収集用フォーム(案)です。

 

個人的には、このようなシステム開発は “患者を薬のリスクから守ること” が目的であると考えています。つまり、多くの薬剤師に活用されてこそ、その目的が達成できます。また、蓄積したデータは、薬剤師の臨床業務の証拠となります。

 

アィディアを実用化することはできても、それは広げるのは簡単ではない・・・ことを実感した取り組みでした。